女帝の傀儡、傀儡の女帝 3
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ドンッドンッとあちこちからする爆発音から逃れ、わたしと兄様は手近な空き教室に逃げ込んで荒くなった息を整える。
「リリス、ケガはないか?」
「今のところは……。ていうかおかしくなったのはてっきり学園長だけかと思ってたのに、学園中ってどういうこと!? そんなことって可能なの!?」
――そうなのだ。
あの後学園長室を出るなり、まだ学園に残っていた複数の生徒達や先生達からの襲撃をわたし達は受けた。どうやら生徒会長の精神掌握は学園中に及んでいたらしい。
襲って来た人物の中にはなんとマグナカール先生までいた。学園長室を出てわりとすぐに出会ってので、恐らく伝書魔法を送ると同時にわたし達の元へと向かっていたのだろう。
「あの映像を私達だけでなく、学園中に流していたということだろうな。可能かどうかと言うと、理論上は可能だ。見た者すべてを洗脳するというのなら、今が放課後だったのは不幸中の幸いか」
「はぁ、授業中とかだったらもっとヤバかったってことだもんね……。でもだとしたらターゲットのわたしはともかく、なんで兄様は洗脳を受けていないんだろ?」
確かにあの時、兄様も生徒会長の映像を見ていた筈なのに。そう疑問を口にすると、兄様がすました顔でその答えを教えてくれた。
「あの程度の精神魔法で屈する私ではない。魔法に掛けられると直感した瞬間、私は〝心眼〟を閉じた。故にトリガーとなるレオナルドの瞳も見てはいない」
「し、しんがん……??」
なんだかよく分からないが、生徒も先生も学園長さえも掛かってしまう魔法を兄様だけは回避したのだ。さすがは王宮付召喚士。とんでもなく凄いということだけは理解出来た。
周りは生徒会長に洗脳され、わたしを討ち取ろうと動いている敵だらけ。かなり絶望的な状況だが、しかし兄様が一緒に居てくれればなんとかなるかもしれないという希望が湧いてくる。
……――でも、
『また今日みたいに君が呼んでよ。そしたら僕はいつでも君のところに駆けつけてあげる』
わたしは兄様に見つからないようにこっそりと溜息をつき、ぎゅっと体を縮こませた。
そしてそのまま以前ルナがマーキングしたという首筋に触れ、もう何度目かも分からないくらいルナの名を心の中で呼ぶ。
「…………」
しかし辺りはしんとしたまま何も起こらず、ルナは現れない。
呼べばいつだって駆けつけるって言った癖に……。ルナはウソつきだ。
わたしが心の中で毒づいていると、隣で休んでいた兄様がおもむろに立ち上がった。
「――さて、このまま隠れていても事態は進展しないな。どこかで攻めに転じねば。それにはやはりノーブレ嬢の居場所を突き止めなければ話が進まないが、しかし彼女が居るとすればどこだ……?」
「生徒会長が居る場所? それって……」
兄様は考え込んでいるが、わたしにはすぐに思い当たった。
「温室!! 絶対に生徒会長は温室に居る!!」
生徒会長は温室のことを〝神の楽園〟と呼び、並々ならぬ執着が垣間見えた。
居るのならばあそこしかない!!
――そうわたしが叫んだ瞬間だった。
ドカーーーーーーンッッ!!!!
「!!!?」
「リリスッ!!!」
教室の扉が激しく吹っ飛っとび、わたしと兄様はとっさに身を屈めて爆風をやり過ごす。
そして慌てて臨戦態勢をとり、視界に飛び込んできた人物にわたしは目を見開く。
「!? あれは」
「うそ……、アンヌ!!?」
破壊されボロボロになった教室の入口に立っていたのは、もうすっかり見慣れてしまったストロベリーブロンドのふわふわの髪に薄紅の瞳。
しかしその目は常のキラキラしたものとは違い、学園長と同じく紅く染まった瞳孔の開いた目でこちらを見ており、わたしの声にも何の反応も示さない。
間違いなくレオナルドによって洗脳されている。
そしてそんな彼女の隣には、普段ののんびりとした様子からは想像がつかない程にいきり立った様子の、4足歩行の体躯に立派な一本角が生えた伝説の神獣――麒麟のチーリンがいた。
「そんな……、アンヌまで魔法に掛かっちゃうなんて……」
「アンヌ・ミィシェーレとその召喚獣チーリン……。高等部でも指折りの上級召喚士が相手とは、厄介だな……」
「…………」
「ムゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」
アンヌがスッとわたし達を指で差し示せば、チーリンは激しく雄叫びを上げ、その周囲からは鋭く光り輝く無数の矢が現れる。
あんな量の矢をまともに浴びたら……!!
慌てて脱出を考えるが、入口はアンヌが塞いでいて逃げ場がない。窓から降りるにしても高過ぎて落ちればただじゃ済まないだろう。
万事休す。そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間、隣にいた兄様がわたしの腰をぐっと抱え、耳元で囁いた。
「リリス、歯を食いしばっておけ」
「――――え?」
言葉の意味を理解する前に、兄様が一気にわたしを抱え上げ、なんの躊躇もなく窓から外へと飛び降りる。
そしてそれとチーリンから大量の光の矢が放たれるのは同時だった。
ズドーーーーーーンッッ!!!!
激しい音と光線をまき散らしている空き教室からぐんぐん遠ざかり、わたし達は地上へと真っ逆さまに落ちていく。
「ぎゃあああああああああああああ!!!?? 死ぬーーーーーーーっっ!!!!!!」
吹き飛ばされないよう必死に兄様にしがみつき、わたしは命の危機を前に絶叫する。
そしてあわや地面に叩きつけられるという寸前、
「我が声に応えよ。神の御使いよ。――イシュタル」
兄様の詠唱と共に天から光の柱が降り注ぎ、神龍イシュタルが降臨する。
「キュオオオオオ!!!」
地面すれすれを猛スピードでイシュタルは駆け、わたしと兄様はその金色の鱗の生えた背に間一髪のところで掬い取られた。