卒業テストは一筋縄ではない 1
『卒業テストに合格しなきゃ退学』
そんな突然の宣告からちょうど一週間。
今日がいよいよ、その卒業テストの日だ。
不思議な少年に出会ったり、図書館に隠された禁術の恐ろしい秘密を知ってしまったり、我ながらとても濃い一週間だった気がするが、肝心の召喚獣の召喚は……お察しの通りである。
でも、それでもわたしはどんな結果になったとしても、テストは正々堂々精一杯やり切るのだと決めたのだ。
今日は晴天。絶好のテスト日和である。
もしかしたら袖を通すのは最後になるかも知れない制服を、いつも以上に丁寧に着ていく。
腰まである長い黒髪を梳かして鏡でチェックすれば、戦場に赴く準備は万端だ。
「よしっ! 頑張ろう!!」
わたしは通学鞄に卒業テストを乗り切る為の秘策である、あるものをしっかりと入れて部屋を出た。
* * *
魔法学園中等部の卒業テストは3年生全員に対して行われ、会場は魔法学園敷地内にある円形のコロッセオを使用する。
周辺では花火が上がったり屋台も出店したりして、近隣住民や初等部や高等部の学園生徒全員を巻き込んだお祭り騒ぎなイベントでもあるのだ。
テストの内容はコロッセオらしく、召喚獣を魔獣と戦わせるというシンプルなもの。単純に勝てば合格、負ければ不合格である。
卒業テストで用意される魔獣は、召喚獣を召喚すら出来ないわたしはともかく、普通の生徒ならばちょっと強いかな~? くらいのレベルらしい。
つまり通常卒業テストは気負って挑むものではなく、卒業前の楽しいイベントという認識であり、しかも不合格者は未だかつて居ないとか。
なんだかそう言われると、わたしが不合格第一号になる前振りのように思えて不吉だ。
憂鬱で思わずはぁと溜息をつくと、いきなり頬っぺたに冷たいものが押し当てられて、わたしはヒャッと飛び跳ねた。
「冷たっ!!!」
「何ボーッとしてんだよ。今更悩んだってどうにもなんないだろ。ほら、ジュース買ってきてやったから飲め飲め」
「あ、ありがとう」
ジュースをわたしに手渡しながら、アダムが隣にどかっと座る。
わたし達が今座ってるのはコロッセオの観覧席で、アダムは飲み物や食事の買い出しに行ってくれていたのだ。
「しっかし毎年のことながら騒がしいったらありゃしないぜ。卒業テストじゃなくて、実際は上位召喚士様自慢の召喚獣のお披露目会の間違いだろ」
「あはは……」
買ってきたフライドポテトを摘みながらアダムが唇を尖らせる。
アダムの言う『お披露目会』はあながち間違ってないだろう。
わたしは兄様の時の卒業テストを観に行ったことがあったが、兄様の召喚する神龍イシュタルの美しさに誰もが見惚れ、繰り出す魔法の素晴らしさは王宮まで轟いたという。
卒業テストを機に爆発的に〝エルンスト様狂〟と呼ばれる人達が増えたのは間違いない。
ちなみにその筆頭が、あのマグナカール先生である。
「まっ、俺らみたいな底辺には関係ねー世界だし、別にいいけどな」
「そうだね」
アダムの言う通り、よそのことなど関係ない。わたしはわたしらしく頑張るのみだ。
こくりと頷いて、フライドポテトを頬張る。
「……ていうかリリス、上位召喚士様よりお前のことだよ。結局召喚獣を召喚出来なかったけど、どうすんだ?」
この場合のどうすんだ? は、召喚獣が居ないとテストにならないので、棄権するのかどうかということだろう。
わたしはジュースを飲んで、努めて冷静に答える。
「秘策があるから大丈夫」
「……秘策? なんだそれ?」
アダムが探るようにこちらを見るが、わたしがそれ以上話す気がないのを察すると、諦めたのか違う話題を降ってきた。
「ところでお前って順番いつ?」
「あ、まだ見てない。アダムは?」
飲んでたジュースを傍に置き、受付で貰ったタイムスケジュールを広げてわたしは自分の名前を探す。
「俺は21番。まあ早過ぎず遅過ぎずでちょうどいいかな」
「えーいいなー。わたしは……」
上から順番に名前を探すがなかなか見つからない。アダムも覗き込んでくる。
――そして、
「「あ!」」
叫んだのは同時だった。
『60番 リリス・アリスタルフ』
「リリス……お前、完全に見世物にされてるぞ」
「言わないで……」
現実から逃避するようにわたしは手で顔を覆う。
60番、それはすなわち――大トリだった……。