女帝の傀儡、傀儡の女帝 1
「アダム・ウィルソンくんが、療養所から忽然と姿を消したそうだ」
強張った表情で告げられた言葉に場が一瞬固まり、真っ先に口火を切ったのはわたしだった。
「学園長! その手紙にはアダムがどこに行ったとか、その時の様子とかは書かれていないんですか!?」
わたしの言葉に学園長は眉を下げて首を振る。
「いや、この手紙には何も書いてないな。文字も走り書きのような感じだし、よほど慌てていたのか……」
「それは……妙ですね。生真面目なマグナカール先生らしくない」
「ああ、何か胸騒ぎがする。エルンストくん、すまないがすぐにマグナカールくんに詳細を聞きに行ってくれないか? 彼女は診療所に居る」
「分かりました」
「待って兄様! わたしも行く!!」
学園長の指示を受けてすぐさま席を立った兄様に、わたしも慌てて椅子から立ち上がって側へと駆け寄った次の瞬間、
『キーーーーーーーーン』
「――――!?」
「なんだ!?」
突如、耳をつんざくような異音が頭の中で鳴り響いた。
そのあまりの不快感に顔を歪めるが、それと同時に視界がグニャリといびつに揺らめいて、脳内に直接映像と声が流れ込んで来る。
『うふふ。皆さん御機嫌よう』
コツコツとヒールが床を打ち付ける特有の音が鳴り響き、一人の人物が映像の中に現れる。
その人物は玉座のような朱色のソファーに優雅に腰を下ろし、そしていつの間にか彼女の足元で目を閉じて寝そべっている巨大な有翼の獅子を白魚のような細指で優しく撫で上げた。
美しく巻かれた銀髪に蠱惑的な薄紫の瞳。
あまりに妖艶なその姿は、忘れたくとも脳裏に焼きついて忘れることを許さない。
――――そう、彼女は……。
「生徒会長、エリザベッタ・ノーブレ……!!」
「ノーブレ嬢!? では、これは魔法なのか……!?」
「ううっ、頭が……!」
わたしが叫んだのと兄様と学園長の声が聞こえたのは同時だった。どうやらこの映像を見ているのは、わたしだけではないらしい。
こちらの声は生徒会長側には聞こえていないのか、生徒会長からこちらへの反応は何もなく、ただひたすら彼女の言葉が続く。
『……ご存じのように先の体育祭でわたくしはあらぬ辱めを受けました。生まれながらに特別に神に愛され、〝神の愛し子〟たるわたくしを妬んだ、神に見捨てられし穢れた娘によって。その娘の名はリリス・アリスタルフ。〝神の楽園〟を破壊し、人と召喚獣が別った元凶たる憎き夜の魔女。
――さぁ皆さん、穢れた夜の魔女リリス・アリスタルフを今こそ討ち取るのです!!』
『グオオオオォォォーーーーッ!!!!』
生徒会長の言葉が終わった瞬間、巨大な有翼の獅子――レオナルドが咆哮し閉じていた紅い瞳が開かれて、そこでブツンと映像は唐突に途切れて辺りは元の学園長室に戻った。
視界が戻ったことでホッとひと息つくが、しかし脳裏にまとわりつく薄気味の悪さは残ったままだ。
体育祭以来ずっと誰の前にも姿を現さなかった生徒会長が、こんな形で現れるなんて。
生徒会長はまるでわたしの神託をなぞるようにして話していた。わたしだってさっき初めて知ったことを、どうして生徒会長が知っているんだろう?
それに、わたしを〝討ち取る〟っていうのは――……。
「――リリスッ!!!!」
「!!!?」
突然ドッと体に強い衝撃が走ったと思う間もなく、ガシャーン!! と家具が壁や窓に激しく打ち付けられたような大きな破壊音を立てて、もうもうと部屋の中を土埃が舞う。
「う、ごほっ……!」
「リリス、大丈夫か!?」
「にいさ、ま」
わたしを抱きしめて床に転がった兄様を見上げれば、その背後にある応接セットは無残に吹き飛ばされ、先ほどの衝撃で割れた窓ガラスが散乱しているのが目に飛び込んで来た。
「――――っ!?」
それだけでもあまりに衝撃的なのだが、次に視界に入った光景に、わたしはギクリと体を強張らせる。
散乱するガラスの破片などお構いなしに踏みしめ、こちらへと近づいて来るのは……。
「学……園長……?」
金茶だった筈の瞳が紅く染まり、瞳孔の開いた血走った目でこちらを見る学園長の姿が土埃より露わになる。
そしてその背後には、孔雀にも似た鮮やかな羽根をはためかせて臨戦態勢をとる、赤く燃える鳳凰が飛んでいた――。