闇より蠢く者達 8
「兄様は〝ルナがわたしを殺す〟と思っているんですか?」
「…………」
無言は肯定と同義だろう。
場に気まずい空気が流れる。
「待ってくれ、アリスタルフ嬢! エルンストくんは君にこのことを伝えるか、ギリギリまで悩んでいたんだ! 決して君の召喚獣を侮辱するつもりは無いんだよ!」
「学園長……」
学園長の言葉に、熱くなった頭が冷えていくのを感じる。以前までのわたしならこんな風に取り成されても、兄様の言葉に反発して聞く耳を持たなかっただろう。
だけど今のわたしは、兄様があの卒業テストの時にわたしの為に動いてくれていたことを知っている。
そしてそれはきっとあの一度だけじゃない、わたしが知るずっと前から、兄様はわたしの為に動いていてくれたんだろう。
こうやってわたしを呼び出したのも、わたしを守る為。
「――ねぇ兄様、ひとつ聞いていい? 父様と母様がおかしかったのは、この神託のせいなの?」
「それは――……ああ、そうだ」
「そっか」
苦しそうに眉を寄せて頷く兄様とは裏腹に、肯定されたことでわたしの心は長年の靄が晴れるような心地だった。
だって15年間分からないままだった、父様と母様の態度の理由をやっと理解出来たのだ。
ずっと〝リリス・アリスタルフ〟という存在そのものが、嫌われていると思っていた。
けれど理由はわたし自身以外のところにあったのだ。
『……なぁリリス、前にエルンスト様のこと兄妹って言われてもピンと来ないって言ってたけど、もう少しエルンスト様と向き合ってもいいんじゃね?』
『次に会った時は君の兄とちゃんと向き合うって決めてたんでしょ』
アダムとルナに言われた言葉を思い出す。
わたしはずっと家族に嫌われているという思い込みに囚われて、これ以上傷つくのが怖くて彼らと一度も向き合おうとしなかった。
時間はたくさんあったのに。
気づく為のヒントは、本当はもっと前からあった筈なのに……!
「リリス……」
「――兄様、聞いて」
向き合うべきは今だと決意して、わたしは兄様に向き直った。
わたしの強い視線に、兄様は驚いたように目を見開く。
「ルナに対して兄様が危惧するのは無理ないって分かってる。わたしだって一緒に居るのに、本当のところは何も分かってないんだもん。だからルナが〝神の御使い〟じゃないなんて、わたしには言えない」
「……そうか」
「でもね、こうやって兄様と向き合おうと思わせてくれたキッカケは、ルナがくれたものでもあるの」
「え……」
わたしの言葉に本当に驚いたのか、兄様はまるで幼い子供のように口をポカンとさせる。
それがなんだか可笑しくて、わたしは少しだけ頬を緩ませながら言葉を続けた。
「だからわたしは何があってもルナを信じたい。だけど兄様がわたしを想ってルナを疑っているのも分かっているから、兄様のことも否定しない。それがわたしの答えだよ!」
「リリス……」
兄様はしばしわたしを見つめた後、ゆっくりと瞼を閉じて溜息をつく。
「もう子ども扱いなんて出来ないな。まさかリリスにこんな言葉を掛けられる日が来るなんて……」
「エルンストくん」
わたし達の様子を黙って伺っていた学園長が口を開き、兄様がそれに頷いた。
「ええ、分かっています。リリス、お前の気持ちは十分伝わった。お前を成長させたのがルナというのは癪だが、それでもお前が信じるように私もルナを信じたいと思っている。その為にもルナが神の御使いでない確証が欲しい。そして、絶対にお前を神の御使いに殺させはしない!」
「うん……!」
兄様の言葉にジワリと視界が滲んだが、ぎゅっと唇を引き結んで耐える。
「うんうん。兄妹がやっと分かり合えたようで何よりだ。ところで当初の予定だと、次はウィルソンくんにも話を聞く予定だったがどうするかい?」
学園長が兄様に問いかけるが、しかしわたしはあることに思い至って口を挟んだ。
「あのっ! アダムは今療養所に居て……」
「ああ、そういえば体育祭で体調を崩したのだと聞いたな。まぁリリスからの話で十分状況は分かったし、今回は……」
そう兄様が呟いた時だった。
不意に現れた一匹の紙の小鳥が、ひらひらとわたし達が座る応接セットのテーブルの上にとまった。
「おや」
「伝書魔法か」
「…………」
この紙で折られた小鳥には見覚えがある。生徒会長がわたしに出したお茶会の招待状だ……!
嫌な記憶が蘇り思わず身構えるが、学園長が「マグナカールくんからだね」と小鳥を開きながら言うので、ホッと体から力を抜く。
しかし手紙を読んだ学園長の眉間に皺が寄ったのを、兄様は見逃さなかったらしい。
「……マグナカール先生からは、なんと書かれているのですか?」
兄様が硬い声色で問いかければ、学園長はゆっくりと顔を上げ、そして強張った表情で告げた。
「アダム・ウィルソンくんが、療養所から忽然と姿を消したそうだ」
=闇より蠢く者達・了=
次回『女帝の傀儡、傀儡の女帝』