闇より蠢く者達 6
「学園長、リリスを連れて来ました」
「あの学園長……、お久しぶりです」
「ああ、アリスタルフ嬢。直接会うのは中等部以来だね。さぁ、座って」
兄様の後をついて学園長室に入室すれば、応接セットに腰掛けて紅茶を三人分入れている学園長がこちらを見て柔和に笑った。
それに促されるまま、わたしは学園長の向かいの席に座り、兄様は学園長の隣に腰を下ろした。
ぎこちなく座るわたしを見て、学園長は苦笑する。
「そう堅くならなくてもいい。アリスタルフ嬢は先週の体育祭で、随分と活躍していたそうじゃないか。MVPとは大したものだ。エルンストくんもそう思わないかい?」
「ええ、MVPを取るのは容易ではないと私自身も身を持って体験しております。リリス、よく頑張ったな。お前を誇りに思うよ」
「あはは……、ありがとうございます。あの、もしかして〝わたしに関する重要なこと〟というのは、このことですか……?」
二人に口々に褒められるのが面映ゆく、ついわたしは希望的観測を口にする。
だかやはりというか、この一言で和やかに見えた場が一瞬にしてピリッと張り詰めたものに変わった。
これにはわたしの体も、また緊張で強張っていく。
「いや……、アリスタルフ嬢を呼び出した重要なこととは、体育祭は別件でね。詳しくは……」
そこで学園長は言葉を切り、意味ありげに兄様へと視線を向ける。
「――詳しくは私が話そう。リリス、お前は以前閉架図書室の前でアダム・ウィルソンと何をしていた? それを聞きたくて、今日はここに呼んだんだ」
「……!!?」
色んなことがあり過ぎてもうすっかり忘れていたが、そういえばわたしとアダムは禁じられた閉架図書室へと侵入し、そして見てしまったのだ。
――不気味な黒いリボンにぐるぐる巻きにされた古びた本に書かれた、禁術の正体を。
そこまで思い至り、わたしは激しく動揺した。
とっさに言い訳を考えようとしたが、しかし兄様の鋭い視線は間違いなくわたし達が何をしていたのか分かった上で聞いている。
つまりこれは質問ではなく、事実確認だ。
だとしたら、言い訳などすれば余計に心象を悪くするだけだろう。
「…………えっと、実は……」
考えた末にわたしは観念して、あの日の出来事をポツリポツリと思い出しながら話し始めた――。
* * *
「――ウィルソンくんの召喚獣があの扉を開けた、か」
わたしが全てを話し終えると、兄様と学園長は揃って難しい顔をした。
「これは決まりですね、学園長。恐らく〝白い羽根の持ち主〟は、ウィルソンくんの召喚獣に憑依魔法を使ったのでしょう」
「えっ!?」
――〝白い羽根の持ち主〟?
聞き捨てならない言葉に思わずわたしは声を上げるが、話し込む兄様達は気づかない。
「閉架図書室へはどう二人を誘導したのか、そこがまだわかりません。しかしリリスに禁書を読ませることが、化け物復活の何らかのトリガーだったのかも知れません」
「憑依魔法……。かなり特殊な魔法だが、今までの情報を合わせれば、最早彼に使えない魔法はないと考えた方が自然か」
「――あのっ!!」
先ほどから二人の口から出る言葉の端々に、誰の話をしているのかおおよその予想がつき、わたしは早鐘を打つ胸を押さえて、堪らず大声を上げる。
「兄様は閉架図書室でのわたしとアダムが体験した一件は、仕組まれたものであると言いたいんですか? ……〝白い羽根の持ち主〟に?」
「――ああ、そうだ」
わたしの問いに兄様は苦しそうにスッと目を伏せるが、しかし次の瞬間には何か覚悟したように、こちらを真剣な表情で見つめてきた。
「……リリス、幼いお前には酷だと思い伝えたことはなかったが、こうなってしまっては仕方がない。聞いてくれるか? お前に降った〝神の神託〟がどんなものか」
「神の神託……」
『わたくしの神託は〝神の愛し子〟……知っていて? 神は真っ白な髪に澄んだ白い瞳をしているのよ』
以前生徒会長が言っていた言葉が思い出され、心がザワザワする。
15年間。一度だって知らされたことの無かった、わたしの神託。
兄様の顔がますます苦しげに歪み、わたしにとってそれは良くない神託であることは容易に想像がついた。
でも、それでも――……。
「兄様、わたしは兄様が思うほどもう子どもじゃありません。苦しみも痛みもたくさん知っています。今更どんな事実を知ったとしても、簡単に傷ついたりなんかしない。……だから、教えてください。わたしの神託を」
「リリス……。そうだな、お前は強い。私が思うより……とても」
居ずまいを正してジッと兄様を見つめれば、兄様はふぅと息を吐き、そしてポツポツと話し始めた。