闇より蠢く者達 5
「――アリスタルフさん」
放課後。全ての授業が終わり帰り支度を始めていたわたしに、マグナカール先生が声を掛けてきた。
正直先生に声を掛けられると碌なことが起きないので、わたしは内心溜息をつきつつ、やや引き攣った表情で先生の方へと振り向く。
「はい、何でしょうか先生?」
「学園長が貴女をお呼びよ。すぐ支度して学園長室に向かいなさい」
「えっ!?」
これにはわたしも、そして右隣の席で同じく帰り支度をしていたアンヌも驚いた表情をしている。
「あのっ、マグナカール先生!! さすがに最近のわたしは、学園長に呼び出されるような失態は犯していませんよ!?」
「……最近、ね。まぁ安心なさい。私も要件は聞かされていないけれども、何か叱りつけようという雰囲気ではなかったわ」
「そ、そうですか。じゃあすぐ向かいます。――ルナ、行こう」
先生の言葉にいくらか安心し、左隣に座るルナに声をかける。するとそれを見ていたマグナカール先生がピクリと眉を動かした。
「お待ちなさい、アリスタルフさん。学園長は〝貴女一人で〟来るようにと仰せよ。彼は置いていきなさい」
「!」
予想外のことを言われ、わたしは抗議の声を上げる。
「そんな! なんでルナと一緒じゃダメなんですか!?」
「さぁ……、理由は私も。ですが落ち着きなさい。離れると言っても、学園長と話をするほんのひと時でしょう? 何をそんなに取り乱しているの」
「……っ」
マグナカール先生に指摘され、わたしはカァと赤面して押し黙った。
確かに先生の言う通り、少し離れるぐらいで過剰反応だとは思う。
でも昼休みの時のルナの様子のおかしさが、何度もわたしの脳裏をチラつくのだ。
今離れたらもう会えない。そんな胸騒ぎがして――……。
「リリス、僕のことは気にしないで行ってきなよ」
「ルナ!?」
わたし達の話を黙って聞いていたルナがようやく口を開いたかと思えば、そんなことを言い出したので、思わず批難めいた視線を向ける。するとルナは苦笑して話を続けた。
「学園長は〝君自身のことで〟何か話をしたいんじゃないかな? そうであれば例え僕がリリスの召喚獣でも、その場に居合わせるのは好ましくない」
「……なにそれ」
普段は絶対にわたしと一緒に着いて行くって言う癖に、やっぱりルナが変だ。
何故か諭すようなルナに、それでもわたしは納得出来ずに声を上げようとした時、
「――ルナの言う通りだ、リリス」
「!?」
聞き覚えのある声がして、一斉に誰もが教室の入口に視線を向ける。そして声の人物が誰なのか分かった途端に、マグナカール先生が黄色い声を上げた。
「きゃぁぁぁああっ!! エルンスト様、いつ学園にお戻りに!!? お会い出来て光栄ですわぁぁ~!!!!」
「あ、ああ……。マグナカール先生もお元気そうでなによりです……」
テンション高く一目散に出迎えたマグナカールに、わたしの兄様――エルンスト・アリスタルフは、若干引き攣りつつも柔らかな笑顔で対応する。
……この様子だと兄様にマグナカール先生の気持ちが届くのはまだまだ遠いかも知れない。
そんな周囲の生温かい視線に気がついたのか、兄様は咳払いをひとつしてわたしへと視線を向ける。
「リリス。いきなりですまないが、一人で私と共に学園長室へ来てほしい」
「え? 兄様も同席なさるのですか? 一体何の話を……」
「それは学園長室に着いてから話そう。だが先ほどルナが言ったように、〝お前自身〟に関する重要な話だ。故にルナを同行させられないことを許してほしい」
「わたしに関する重要なこと……?」
そう言われても何もピンとこず、わたしは首を傾げる。
兄様はそんなわたしを見つめ、そして隣に立つルナへと視線を向けた。
「すまないが、しばらくリリスを借りる。リリス、私は先に学園長室に向かうから、お前は支度を済ませてから来なさい」
「あ、はい」
前半はルナに、後半はわたしにそう告げて、兄様は足早に教室を出て行ってしまう。久々に見るその後ろ姿に戸惑っていると、そんなわたしの背をルナがポンポンと優しく叩いた。
「ルナ……」
「次に会った時は君の兄とちゃんと向き合うって決めてたんでしょ」
「……そうだったね」
『今まで召喚獣を召喚出来なかったから疑う気持ちはわかりますが、ルナは正真正銘わたしが召喚したわたしの召喚獣です! 兄様にそれを認めるとか認めないとか言われる筋合いはありません!』
確かに兄様とはあの時、わたしが感情のままに酷いことを言ってしまったきりだった。
ちゃんと向き合わなくては。
…………でも、
「――ルナ。ルナはちゃんとわたしが戻ってくるの、待っててくれるの?」
「え?」
唐突なわたしの言葉が予想外だったのか、ルナが面食らったような顔をする。
しかしそれもほんの僅かの間で、すぐにいつもの調子で嬉しそうに微笑んで、「もちろん」と力強く頷いてくれた。
「待ってるに決まってるよ。僕はいつだってリリスを待っているから。だからそんな不安そうな顔しなくていいんだよ」
「うん……」
そう言ってわたしの黒髪を撫でるルナに、ようやくわたしは心に巣食っていた胸騒ぎが鎮まっていくのを感じる。
「……じゃあ遅くなるかもだし、ルナは先に寮に戻って待ってて」
「分かったよ。――さぁ、行っておいで」
「うん、行ってくる」
「くれぐれも学園長とエルンスト様の前で粗相のないようにね」
「いってらっしゃい、リリスちゃん」
トンッと肩を軽く叩くルナに大きく頷き、見送ってくれるマグナカール先生とアンヌに手を振って、わたしは学園長室へと向かう兄様の後を追いかけた。