闇より蠢く者達 2
「姿を見せてない……?」
アンヌの言葉にわたしは眉を顰める。
「それってつまり、学園に来てないってこと?」
「ん~……、そうなのかも。体育祭の時に禁じられていた魔法をエリザベッタ様は使ったでしょ?」
「うん」
わたしは生徒会長の召喚獣――レオナルドの幻覚魔法に掛けられて体験した、あの〝神の楽園〟に似た不思議な場所での出来事を思い出す。
『僕も〝ルナ〟だよ。女神リリスにそう名付けられた時からずっと〝ルナ〟だ』
結局あの場所は、あの〝ルナ〟と名乗った少年は、一体なんだったんだろう……?
気になることをたくさん言っていたが、そのどの意味も未だに分からず終いのままだった。
「でね、そこまでしてもリリスちゃんに負けたから、エリザベッタ様のことを悪く言う人達が最近出てきたの。だからもしかしたら、それが原因で登校し辛いのかなって」
「…………」
「あっ! でもそれは全然リリスちゃんのせいじゃないから、気にしないでね!」
「うん、ありがとう……」
浮かない顔をしたのに気づいたアンヌがあたふたと両手を振りながら言うので、わたしは気にしてないと言って笑う。
正直、生徒会長の件が気にならないと言えば嘘になる。間違いなく学園に来ない原因は、わたしとの勝負に負けたことにあるのだろうから。
けれど、それでもわたしはあの体育祭の顛末を後悔してはいない。生徒会長は明らかにルナを狙っていた。
負けていたら、ルナのことでどんな要求をされたか分からないのだ。だからこれでよかったのだと思う。
「――あと、これはここだけの話なんだけど……」
「?」
急にアンヌが周囲を伺った後に、コソコソとわたしとルナにだけ聞こえるように声を潜めて話すので、わたしはぐっと耳をそばだてた。
「実はわたしの友達の先輩が生徒会に入ってるんだけどね〜。体育祭の後、温室から聞こえてきたんだって。『穢れた夜の魔女リリス・アリスタルフ……! 絶対に許さない……!!』って言ってたの」
「!?」
「夜の魔女がなんのことかは分からないけど、普段のエリザベッタ様とは到底似つかない怖い声だったって言うし、リリスちゃんに何かあったらって心配だったんだ。だから会ってないなら安心したよ~」
「そう、なんだ……」
――――〝夜の魔女〟?
『確かに〝天使〟は〝夜の魔女〟に滅ぼされ、もう僕しか残っていない。君の天使達を救いたい気持ちは分かる。でも僕は、ただ君とずっと居られたらそれでいいんだ』
それはあの不思議で場所で、〝ルナ〟と名乗った少年が言っていた言葉。
だけど、〝夜の魔女リリス・アリスタルフ〟??
まさか夜の魔女とは、わたしのことを指していた――……?
「……ねぇ、ルナ」
なんだか無性にザワザワと心が騒めいて、わたしは慌てて隣のルナを見上げる。
「…………」
「……ルナ?」
するといつもならすぐに反応するルナが、珍しくわたしの声など聞こえていないのか、ぼんやりと考え込んでいた。
その白金の瞳は、まるでここじゃないどこか別の場所を映しているようで、わたしは言い知れぬ不安に襲われる。
「ルナっ!!」
思わず叫んで白い衣の袖を引っ張れば、そこでようやくルナはハッとしたようにこちらを見て、「あ、ごめん。考え事してた」と言って笑った。
「どうしたの? 生徒会長のことで何か気になってるの?」
「ううん、違うんだ。ごめんね、ちょっとボーっとしちゃって」
「…………」
はぐらかすような言葉に不安気に見つめると、ポンポンとルナは宥めるようにわたしの頭を撫でてくる。
少し前まではこんな風に触れられてもサラリと流せていたのに、今はとても心が騒がしい。
何故なのかはもちろん分かっている。つい先日、ルナと一緒に行ったテーマパークで、わたしは自分自身の気持ちに気づいてしまったからだ。
この気持ちを今すぐ伝えようなんて思わないけど、でもいつかルナに伝えられるように、この気持ちを大事に育てていきたいと思っている。
――だからもう、何かが起きるのはたくさんだった。