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甘いのはお菓子のせいじゃない 7



「2名様ですねー、どうぞロマンチックな空のひと時をお楽しみくださーい」


「ありがとうございます」



 スタッフのお姉さんが丸く小さなゴンドラの扉を開き、わたしとルナはその中へと乗り込む。

 そしてガチャンとしっかり施錠される音と共に、ゆっくりとゴンドラは浮上して、徐々に地上が遠くなっていく。


 窓から見下ろせば、地上の明かりがいくつも煌めいていて、まるで星空を上から眺めているような不思議な感覚だ。



「わぁ、綺麗……! 時計塔や王城の明かりが見えてる!」


「へぇー、これが〝観覧車〟か。不思議だね。いつも見慣れた景色なのに、こうやってゆっくりと見下ろすと特別なものに感じられる」



 わたしの向かいに座るルナがゴンドラの窓から外を眺めてポツリと呟いた。

 確かに観覧車から見る景色は、あの療養生活中にルナが連れ出してくれた時とはまた違った風に見える。

 見える景色は変わらない筈なのに、一体何が違うんだろう……?


 そこまで考えてハッと気がついた。

 それはわたしの気持ちが変化したせいだと。



「…………」



 言葉を発さず、すっかり小さくなってしまった地上をルナはジッと眺めている。

 そんな精巧な人形のように美しい横顔をわたしは見つめて思う。



『これから僕とデートしようよ』



 そう言われたあの時は、ただ初めて見る空からの景色に感動して、楽しくってドキドキした。

 始めは怪しさ満点で絶対に信用できないって思ってたのに。振り回されて一方的に心臓に悪いことばかりだったから。


 ――でも、


 ルナと一緒に過ごして何度も助けられている内に、いつの間にかわたしにとってルナは、かけがえのない存在になっていた。



『お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きじゃないの?』


『ううん、……好きだよ』



 いつだってルナはわたしの些細な変化につぶさに気づき、何よりもわたしを優先してくれる。

 その優しく慈しんで守られるような感覚は、家族と縁の薄かったわたしとっては生まれて初めてのことで、本当は恥ずかしさ以上に喜びを感じている自分がずっと存在していた。



『それって、ホントにピグに対する気持ちと同じか……?』



 ――違う、同じじゃない。


 わたしへの興味が失われるのが怖い。

 人間に順応してわたしから離れないでほしい。


 それらは全部、ルナだから(・・・・・)思うこと。

 友達としてでも、家族としてでもない。


 わたしは今、ルナに〝恋〟をしている――……。



「――んぐっ!?」



 ルナの横顔を見つめたままぼんやりしていたら、いきなり口にゴロリとしたものが突っ込まれ、一気に口の中が甘くなった。



「っな、何……っ!?」



 思わずゴリっとその異物に歯を立てたところで、その馴染みのある食感に、ようやく突っ込まれたものの正体を理解する。



「これ……チョコレート?」



 口をもごもごさせながら呟けば、ルナが「正解」とにっこり笑って頷いた。その手には先ほどショップで買っていた、小さな箱を持っている。



「動物チョコレートって言って、このパークで一番人気のお土産なんだってさ。リリス、前に甘いものが食べたいって言ってたでしょ? だからちょうどいいかなって」


「え……」



 言いながら見せてくれる箱の中には、確かに黄色いひよこや茶色いクマなど、色んな動物の形をした可愛らしい一口サイズのチョコレートがいくつも収められていた。



『ううう……。せっかく高等部に進学出来ることになったのに、一日中ベッドの上だなんて不幸過ぎる! 合格のご褒美に街に出て新しい服買いたい、甘いもの食べたい……!』



 そんな風に言ったのなんてもう随分前、中等部の頃の話なのに。

 まさかそんな些細なことまで覚えていてくれるなんて思いもよらず、嬉しさで胸がいっぱいになる。


 ……こんなの、好きにならない方がおかしいよ。



「ほらリリス、もうひとつどーぞ」


「んぐっ」



 そう言ってルナはチョコレートを摘んで、またわたしの口の中に入れる。

 その拍子に僅かにわたしの唇にルナの指先が触れ、まるで火が出たように頬が一気に熱くなった。



「どう? 美味しい?」



 わたしの心情など知ってか知らずか、ルナが無邪気に聞いてくる。

 だけど味なんて認識する前に、口の中のチョコレートはあっという間に熱で溶けていってしまった。


 ――だけど、分かる。



「…………甘いよ」



 口の中だけじゃない。

 言葉も、仕草も、何もかも。



 この甘さはチョコレートのせいだけじゃない。




=甘いのはお菓子のせいじゃない・了=



次回『闇より蠢く者達』

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