甘いのはお菓子のせいじゃない 3
「うぇぇ……ひっく……」
「よしよし、ちょっとこっち来れる? とりあえずイスに座ろっか」
ぐすんぐすんと鼻をすする小さな女の子を、とりあえずわたし達の隣に座らせて、背中をさすってあげる。
「ねぇ、足の傷の手当てをしたいから触ってもいい?」
優しく問いかけると、涙を零しながらもコクリと頷いたので、わたしは持ち歩いていた救急セットをバッグから取り出した。
「ごめんね。ちょっと滲みると思うけど、我慢してね」
「……っ!」
消毒液で湿らせたガーゼをそっと傷口に当てると、女の子は微かに顔を歪める。それに謝りつつ止血をし、両の膝小僧に絆創膏を貼り付ければ処置は完了だ。
「…………」
「? ルナ、どうしたの?」
救急セットを仕舞っていると、隣でその様子を見ていたルナがなんだか浮かない顔をしている。
「うん……」
問いかけると、ルナが歯切れ悪く返事をした。
「……人間って、こんなに簡単に傷を負うんだなって思って」
「え……?」
とっさに言われた意味が理解出来ずにポカンとしてしまう。
でも確かに召喚獣の基準だと、転んだだけで出血するほどのケガを負うというのは、驚くべきことなのかも知れない。
わたしとの共同生活を重ねる内に少しずつ人らしさを身につけつつあるルナではあるが、召喚獣とは大きく違う面を目の当たりにして、戸惑っていても不思議じゃない。
そう理解して、わたしはルナに頷いた。
「そうだね、確かに人間は召喚獣から見たら脆い生き物なのかも。でもこのくらいの擦り傷なら、ちゃんとすぐに治るよ! わたしだって卒業テストの時に左脚をケガしたけど、ちゃんと治ったでしょ?」
「……うん、そうだったよね」
わたしが左脚を指差して笑って言えば、ルナはその時のことを思い出したのか、ますます顔を曇らせる。
どうやらフォローしたつもりが、逆効果だったらしい。
「ルナ、本当にここのところどうしたの? 前はそうでもなかったのに、最近は妙に人間のこと気にするよね?」
この際なのでずっと気になっていたことを思い切って聞けば、ルナが「だって……」とポツリと呟いた。
「僕は知らなかったんだ。人間がどんなものなのか。そしてそれでいいとずっと思っていた。……でもリリスは〝人間〟なんだ。だから人間のことをもっと知っていかなきゃって、思ったんだよ」
「それって……。じゃあこの頃ご飯を食べたり、寝たりお風呂に入ったりしてるのも、わたしが人間だからってこと?」
「そうだよ」
「…………」
そんなの当たり前といった表情でキッパリ言われ、じわじわと頬が熱くなる。
てっきり多くの人と接する内に人間の生活に興味を持ったのかと思っていたのに、まさかわたしを理解する為の行動だったなんて。
「リリス以外の為に、僕がこんなこと考える訳ないでしょ」
「そうなんだ……」
嬉しいような困ったような。なんだか複雑な感情が湧き起こって戸惑っていると、不意にぐいっとワンピースの裾が引っ張られた。
それにハッと視線を移せば、まだ目尻に涙を貯めた女の子がもじもじと何か言いたそうにして、こちらをジッと見ていたのだ。