甘いのはお菓子のせいじゃない 1
「ふんふふ~ん」
怒涛の体育祭から一夜明け、今日は魔法学園もお休み。
わたしは束の間の休息を大いに謳歌すべく、朝からパタパタと身支度を整えていた。
「ふふふん」
鼻唄を歌いながら姿見に映ったわたしが、くるくると何度も向きを変えて自身の姿を確認する。
すると白いワンピースを身にまとった姿見の中の自分が明らかに浮かれた表情をしているのに気づいて、わたしは顔を両手でぐいぐいと押した。
この白い繊細なレース地のワンピースは、最早懐かしくすらある、あの卒業テスト後の療養生活の時に、ルナがわたしにプレゼントしてくれたものである。
上品なのに可愛いデザインといい、柔らかな生地といい、すべてがわたし好みで、実はずっと密かに明るいお日様の下で着てみたいと思っていたのだ。
髪も巻いて、いつかルナが褒めてくれた白いリボンで編み込みにし、今日はピンクのリップにも挑戦してみる。
「――リリス、そろそろ出発って昨日言ってた時間になるけど、もう入ってもいい?」
「えっ!? もうそんな時間!? ごめんルナ! 入っていいよ!」
寝室のドアをノックする音と共にドア越しでそうルナに伝えられ、わたしは慌ててもう一度だけさっと姿見を確認してからドアの前に近づくと、ちょうどルナが入って来た。
「わぁ! そのワンピースを着てくれたんだね! やっぱりリリスは白が似合うよ! 髪もふわふわしてて、普段の真っ直ぐとはまた雰囲気が変わっていいね! ああ本当になんて可愛いんだろう……! 僕はリリス以上に美しい存在を見たことがないよ……!!」
「う、うん。ありがとう……」
〝美しい存在〟というならば、目の前の貴方自身がそうなのでは……? というツッコミは野暮だろうか。
しかしルナはいつだってわたしの細かな変化に気づき、そのどれも褒めてくれる。大袈裟だなぁとは思うが、感動したように言われて悪い気はしなかった。
「でもリリス、本当にいいの? 君はこんなに綺麗に着飾っているのに、僕は普段の姿のままでいいだなんて……。今からでも前に来たのを着ようか?」
ルナが自身の神官風の白い衣の裾をつまんで、困ったようにわたしを見る。
前に着たというのは、療養生活中にわたしを外へと連れ出した時に着ていた魔法王国ラーの男性の正装である軍服のことだろう。
気遣いは嬉しいが、わたしはそれを拒否するように首を横に振った。
「いいよ、というかそれがいいの。軍服姿もビックリするくらい似合ってたけど、今日のわたしは、〝ルナ〟と出掛けたいの。……普段の、〝そのままのルナ〟と一緒に。ダメ、かな……?」
手を顔の前で組んでジッととルナを見上げれば、ルナが息を吞んだようにして固まって、それから伸びてきた両手がわたしの腰へと回される。
「――……っへぇ!!?」
ややあって、ようやくルナに抱きしめられていることに気づいたわたしの口から、なんとも情けない素っとん狂な声が出た。
しかしルナはそんなわたしの様子を気に留めることなく、ぎゅっと腰を抱く腕の力を強めて、ポツリと呟く。
「やっぱりリリスは天然だ。そんな風に言われたら、まるで僕の全てを受け入れてくれるんじゃないかって、愚かにも思い上がってしまうじゃないか……」
「――――え?」
不意に感じた、ぞわっと身の毛もよだつような禍々しい気配に、わたしはハッとルナの顔を覗き込む。
すると……、
「よく見たら、リリス。唇もいつもより桃色だね。ぷるぷるで美味しそう……。食べてしまいたい」
「いや食べてって……、わたしの唇は食べ物じゃないから! 食べたら承知しないからね!」
「あはは!」
急に冗談とも本気ともつかない顔でそんなことを言われ、わたしが真顔で威嚇すると、ルナが堪えきれないといった調子で吹き出した。
そうしてわたしの腰に巻き付いていた腕を開放し、代わりに伸びた手がわたしの黒髪を優しく撫でる。
その様子はいつもの幸せそうに笑うルナそのもので、先ほど一瞬見せた気配は幻だったのだろうか……?
「さぁ、お喋りはここまでにして、早く行こうか。せっかくリリスが僕をデートに誘ってくれたんだしね」
「デッ……、ええ!?」
「? デートでしょ? 昨日リリスもデートって言ってたじゃん」
「そ、そうだけど! そうじゃないって言うか……っ!」
自分が言うのはなんとも思わなかったが、こうしていざルナに連呼されると、今更ながら恥ずかしさが湧き上がってくる。
なんでだろう? 自分から誘ったから? 頑張っておしゃれしたから?
それとも――……、
「デート」
「ひぇっ!?」
露骨にわたしが反応すると、ルナが可笑しそうにクスクス笑う。それにムッとして睨みつければ、ルナが「ごめんね」と困ったように微笑んだ。
「実は前のデートの後から僕なりに色々勉強して来たんだ。今日こそは他のこと考える暇なんて与えないから、覚悟しててね」
そう言ってルナはわたしの手を取って指をぎゅっと絡める。
他の事とは恐らく、王城を見た時にわたしが兄様のことを考えていたことを指しているのだろう。
――でもそんなこと宣言されるまでもなく、今もう既にルナのことで頭がいっぱいになってしまっているだなんて、とてもじゃないけど言えそうもなかった。