体育祭 元落ちこぼれvs女帝 15
「どこにも行かないで」
そう言われ、ぎゅっと抱きしめらる肩越しに、またピョンピョンとうさぎが跳ねていくのが見えた。
そういえばあのうさぎ、透き通るような金色の魔力をしている。よく見たら空を飛ぶ小鳥も、花の上を舞う蝶も。みんな金色の魔力。
じゃあつまり彼らは全て召喚獣……?
「…………」
――――召喚獣??
ふと頭に浮かんだのは、白い髪に白金の瞳。それに真っ白な羽根を生やした美しい少年。
この目の前の少年とは似ているけれど、でも似ていない、少年。
『僕のことは〝ルナ〟って呼んで! じゃあまたね、リリス!』
『これから僕とデートしようよ』
『不安も緊張も、全部僕が吹き飛ばしてあげるよ。なんてったって、今のリリスには僕がいるんだからね』
『大丈夫だよ。リリスにはいつだって僕が側にいるんだから』
走馬灯のように次々と〝ルナ〟の姿が頭の中に現れる。
そのどの〝ルナ〟も、わたしを見て幸せそうに微笑んでいた。
――ポトン。
何かが落ちた音にハッと顔を上げれば、視界の先にリンゴの木が見えた。赤い艶やかなリンゴが実り、それが熟して落ちたのだ。
『んー。甘いものはないけど、りんごならあるよ。食べる? リリス』
高等部に上がる前、療養生活中にルナはよくリンゴを剥いてはわたしに食べさせてきたことを思い出す。
その時にわたしはルナにひとつ聞いたことがあった。それは誰もが疑問に思っていたこと。
「――ねぇ、普通の召喚獣は召喚士が呼び出さない限り現れることはないし、ずっと召喚士の側にいることもないじゃない? ……ルナはどうしてずっとわたしと一緒にいるの?」
すると彼はこう答えたのだ。
『やっと堂々と君の側に居られる権利を手に入れたんだ。もう僕は君から片時も離れたくない。僕はただ、君とずっと居られたらそれでいいんだ』――と。
――戻らなければ。
あの寂しがり屋なわたしの召喚獣は、帰らなきゃいつまでだってわたしの帰りを待っている。
そう心の中で決意して、わたしは抱きしめられた腕から抜け出そうと、両手でそっとその胸を押す。すると目の前の彼に「リリス……?」と不思議そうに名前を呼ばれ、意を決して視線を合わせた。
「ごめんなさい! やっぱりわたし、ここには居られない! だってわたしには、ルナっていう貴方によく似た召喚獣が居て、絶対に今頃心配してる! 早く戻らなくちゃいけないの! だからっ……!」
必死に言い募ると、不意に頭を優しく撫でられた。それにハッとすれば、ルナによく似た目の前の彼が優しく微笑む。
「……確かに君からは、〝夜の魔女の呪い〟を強く感じる。そうか君は、僕のリリスのもっと未来のリリスなんだね。つまり僕のリリスも、遠からずここを去っていく……」
「??」
よく分からないことを一人納得したように呟く目の前の少年に戸惑っていると、彼はそっとわたしにその右手を差し出してきた。
「何?」
「僕の手を握って君の〝ルナ〟を思い浮かべてごらん。そして君を呼ぶ〝ルナ〟の手を取るんだ。それで君は元の場所へ帰れる」
「手を……?」
突拍子のないことを言われ、普段なら疑っていただろうが、ルナと同じ姿であることと、彼そのものの雰囲気が嘘を言っているようには感じられなくて、わたしは素直に彼の右手に自分の右手を重ね、頭の中でルナを思い浮かべる。
するとすぐに頭の中のルナがわたしに気づいて、こちらへと呼びかけてきた。
『リリス……!!』
瞬間、フワリと体が浮くような感覚があり、意識がぼんやりと薄れていく。
でもその前にせめてと思い、最後の力を振り絞ってわたしは目の前の少年に問いかけた。
「ねぇ、そういえば貴方の名前はなんて言うの?」
すると途端に彼は寂しそうで泣き出しそうな……、そんな悲しげな微笑みをわたしに見せ、そして答えた。
「僕も〝ルナ〟だよ。女神リリスにそう名付けられた時からずっと〝ルナ〟だ」
「え――――」
口を開くが、言葉が出て来ない。
そしてわたしの意識は吸い込まれるようにして、一気に消えた。
* * *
「――――リリス!!!!」
「!!」
パチリと目を開けば、目の前には珍しく焦った様子のルナがわたしの両肩を掴んで顔を覗き込んでいた。
「…………ルナ?」
「リリス! ああよかった! 覚えてる? 僕がリリスのところまで走り切った瞬間に、レオナルドが君に掛けていた幻覚魔法が発動したんだ」
ルナの話によればレオナルドに魔法を掛けられた直後、わたしはトラック上でぼんやりとしたのち、そのまま動かなくなってしまったらしい。
それはわたしも予想した通りだったが、しかしそうであるならば、やはりさっきの不思議な場所もレオナルドが見せた幻だったのか? あの〝ルナ〟と名乗った少年も……?
――女神リリス。
最後にあの〝ルナ〟が言った、その言葉が意味することは一体……。
「――って、ああっ!! ルルルルナ!! そういえばリレーは!? リレーはどうなったの!!?」
ついボーっと考え込んでしまったが、それどころではなかった! 今は生徒会長とMVPを賭けた勝負の真っ只中だったのだ!!
慌てるわたしとは反対にとても冷静な様子のルナが、スッと前方を指差す。
その指の先を辿れば、生徒会長を背に乗せたレオナルドが猛スピードでトラックを駆けていた。
「大丈夫。なにせ3周差があったからね。今は2周抜かれたとこ」
そう言ってルナはわたしの目の前に右手を差し出す。その様子はあの〝ルナ〟と重なって一瞬切なくなったが、そんな考えを打ち消すようにして、わたしはルナの手をぎゅっと握りしめた。
「だったら、このまま負けてなんてらんない!! 行こうルナ!! 絶対に生徒会長に勝つよ!!」
「――君が望むなら」
わたしのその言葉を待っていたように、ルナは優しく微笑んだ。