体育祭 元落ちこぼれvs女帝 9
※後半アダム視点
「リリスッ! 伏せてて!!」
そんなルナの声と共に、ドーーーーーーーーーンッ!! と轟音が小さな石壁の部屋を揺らす。
「げほげほっ……!」
「ごほごほ!」
モウモウと土埃が舞い、咽るわたしとアダムの先には、あった筈の石壁がそっくり消えて大穴が開いていた。
そしてその先に立っているのは間違いなくわたしが待っていた存在なのだが、しかし――……。
「ちょっ、ルナ!? なんでドラゴンに乗ってるの!!?」
――そう、何故かルナはあの赤黒く巨大なドラゴンの頭に乗っていたのだ!
とっさにわたしは身構えるが、当のドラゴンは「グルグルグル……」と喉を鳴らして、先ほどの獰猛さが完全になりを潜めている。
「ああほら、僕って今魔法が封じられてるでしょ? だからリリスがこの石壁に閉じ込められているのは分かっていたけど、どうやって開けようかなーって思った時に、ちょうどこのドラゴンが僕の目の前を通りかかったからね。協力してもらったんだ」
「協力って……」
どう考えてもまともに話が通じるような生き物には見えないのだが……。
しかし不思議なことに、確かにドラゴンはすっかりルナに従順な様子で、わたし達を見ても攻撃してくることはない。
「ま、まぁドラゴンのことはお蔭で出られそうだしいいんだけど……。わたしが石壁に閉じ込められてるのを分かっていたって言うのはなんで? てっきりわたしを探し回ってるのかと思ったのに」
気になったので聞けば、ルナは胸を張って得意げな顔をした。
「そりゃ探すまでもないよ。その為にリリスには〝マーキング〟してあるんだし!」
「……〝マーキング〟?」
どこかで聞いたことのある響きだ……。頭を捻ると徐々に思い浮かんでくるのは――そう、
『よし、これでマーキングしたから大丈夫! 僕のことは〝ルナ〟って呼んで! じゃあまたね、リリス!』
そう言って柔らかい感触が、わたしの首筋に――……。
「ギャーーーーッ!!? それって屋上でわたしにした……!! あれって意味あったの!?」
「とーぜんだよ! 心外だなぁ、僕が意味もなく初対面でリリスの首に……」
「は? 首??」
「わーーっ! わーーっ!」
ルナの言葉に怪訝な顔をしたアダムにこれ以上聞かれたくなくて、わたしは必死でルナの声をかき消すように大声を出して腕を振り回す。
――――が、
「あ…………」
不意に視界がぐるぐると回る。
やば……、
そのまま倒れこむかと思ったら、すぐさま背中と膝の裏に腕を回される感覚があり、次に視界がクリアになった時にはもう、すっかりお馴染みとなってしまったルナにお姫様抱っこをされていたのだ。
「もうリリス! 顔色がまた悪くなってるよ? これでも最短距離で来たつもりだったんだけど、君がこんな状態ならもっと急げばよかった!」
「いや十分速かったし。それにちょっと立ちくらみしただけなのに大袈裟だよ。もう大丈夫だから降ろして」
「ダメ」
頑固拒否され、わたしを抱えている腕の力がぎゅっと強くなる。どうやらルナはわたしを降ろす気は全くないらしい。溜め息をついてアダムの方へと振り向く。
「ごめんアダム、こんな姿で。とにかくここから出なきゃ……」
「――お前、具合が悪かったのか?」
「え?」
またも真剣な表情でアダムの問われて一瞬返答に詰まるが、しかしそれだけ余計な心配をさせてしまったことに気づいて反省する。
「いやホントに具合が悪いって程じゃなかったんだよ! 全然大丈夫! それより出口も出来たんだし、早く行こっ!」
「――いや、俺は後で追いかけるからお前達は先に行け」
「へっ!?」
思わぬ言葉に慌ててアダムを見るが、俯いておりその表情は分からない。
「アダム、さっきからどうしたの? なんか様子が変だよ……?」
お茶会での一件以来、感じなくなっていた壁をまた感じて不安になる。
するとそんなわたしの様子を察したのか、アダムは顔を上げて微かに笑ってみせた。
「少し疲れたから休憩したいんだ。またすぐ追いかけるから、お前達は先に行っててくれ。……MVP絶対取るんだろ?」
「……うん」
そう言われてしまえば、頷くことしか出来ない。わたしはアダムの言う通り先を急ぐことにした。
「アダム! 絶対追いついてきてよね!」
「おう!」
いつもの笑顔で手を振られたので、それにわたしは少しだけホッとして、城の頂上を目指して石壁を出た。
* * *
「……くそっ」
ドラゴンを引き連れ、リリスを抱いて羽ばたくルナの姿が見えなくなってから、俺は一人毒づく。
別にリリスを困らせたい訳じゃない。だけどあの二人を見ていると言いようもない焦燥に駆られてしまうのだ。
キッカケは、あのドラゴンに追いかけられた時だった。
リリスは俺よりもあいつが示した選択肢を迷いなく選び、次に俺が大回廊に戻ろうとした時も、あいつの意見を優先して俺を止めようとした。
そこに深い意味はないのかも知れない。
けれど俺があいつより強ければ、リリスは俺の方を選択したんじゃないのかと思ってしまった。
リリスがそんな奴じゃないことは、俺自身がよく知っている筈なのに。
……そうだ、俺の方がリリスのことをずっと近くで見てきたのに、なんでリリスは俺を選ばない?
「キュ……」
小さな鳴き声にはっとして、視線を横に向ける。
すると俺の肩に掴まっていたピグが、心配そうにこちらを伺っていた。
ピグは俺の大切な召喚獣だ。
リリスがピグを褒めた時から、俺にとってピグはかけがえのない存在になった。
なのに――――。
強くなりたい。もっと強い召喚獣がいれば。あいつより強ければ……。
頭の中で俺自身が俺へと囁く。
そんなこと思っていない。――いや、それこそが俺の本心だ。
相反する心がぶつかり合って酷い頭痛がし、そのまま俺は地面に崩れ落ちて頭を抱える。
「キュキューーッ!!」
……最後に聞いたのは、痛みに悶える俺に縋り付いたピグの鳴き声だった。