体育祭 元落ちこぼれvs女帝 7
※前半三人称
「うわぁぁぁぁああ!!!!!」
「ぎゃあああああああ!!!!」
古城のあちこちから、誰のものとも分からない断末魔が嫌というほど聞こえてくる……。
実は参加者達が一斉に城の中へとなだれ込んだところまでは良かったのだが、〝古城〟というモチーフの通り、城の1階はまるで要塞のように罠がいたるところに張り巡らされ、また迷路のように複雑であったのだ。
床のスイッチを踏むと飛び出す槍。人の気配を感知すると動く石像。更には目から謎の光線を放つ絵画まで……。そんな数多の罠と行き止まりばかりの壁によって、我こそはと血気盛んに挑んだ猛者たちが次々と涙を飲んで散っていく。
最早、障害物競争とは一体……? という様相である。
「おい見ろっ!! ここに階段があるぞ!!!!」
「やったー!! ついにこの迷路を抜けられるっ!!!!」
しかし遂にそんな難所を潜り抜け、2階への階段を発見する精鋭が現れた。〝これでやっと恐ろしい罠や迷路とおさらばだ!!〟――そう誰もが歓喜し、ホッと気を緩める。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
だが次の瞬間、地面を打ち鳴らすような凄まじくイヤな音が鳴り響き、精鋭達が嫌な予感がしつつも慌てて階段を上り切る。
するとその先に待っていたものは……。
「グオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!」
「うわああああぁぁぁあああ!!!!」
「ドラゴンだあああ!!! みんな逃げろーーーーっっっ!!!!」
「俺たちの召喚獣は魔法が封じられてんだぞ!? 正気かよ!!?」
なんと赤黒く巨大なドラゴンがこちらに目掛けて火を吹きながら向かって来たのである。
2階は1階の迷路からは一変し、ひたすら真っ直ぐに大回廊が伸びているのみ。つまり逃げ場が無い。
「とにかく一ヵ所に固まるな!! みんな散れーーーー!!!!」
「分かった!!」
「みんな死ぬなよ!!」
誰かが叫んだ言葉がキッカケとなって、精鋭達が散り散りとなった。
さて、この中で城の頂上に辿り着く者は果たして現れるのだろうか――……?
* * *
「わーっ! わーっ! ムリムリムリ!! ドラゴンの火に当たったら、絶対死ぬやつだよこれ!!!!」
「叫んでる暇あるなら足動かせ!! マジで死ぬぞ!!!!」
「グオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!」
ドラゴンの咆哮を背中に浴びながら、わたしとアダムは猛ダッシュしながら互いに叫び合って会話する。
後ろからは「ギャーー!!」だの「ぐわーー!!」だの、恐ろしい悲鳴が聞こえてくるが、決して振り向いてはいけない。けれどいくらわたしは体力に自信があるとはいえ、いつまでも猛ダッシュし続けるのは不可能だ。
このままではわたし達もドラゴンの餌食になるのは時間の問題――、どうするべき?
「リリス!! とにかくこのまま走れ!!」
「リリス!! こっちの壁に隠れられる空洞があるよ!!」
隣でアダムが叫んだのと、空を飛んでいたルナの声が上からしたのは同時だった。
〝隠れられる空洞〟という言葉に、わたしは弾かれたようにルナの方へと首を動かせば、確かに回廊の壁の上側にぽっかりと空洞がある。これはルナのように空を飛べなければ気づかない。
「ほらリリス! 僕が持ち上げるから手を伸ばして……っ!」
「うんっ! あ、アダムも!!」
とっさにわたしはアダムの手首を掴むが、しかし当のアダムはこんな時に何故かボーっと呆けている。
それを一瞬不審に思ったが、今はそれどころじゃない。アダムを掴んだ反対側の手をわたしは慌ててルナへと伸ばす。
「グオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!」
間一髪、ぐっと引き上げられる足下をドラゴンが通過していく。
空洞の中に入りその巨大な影が遠ざかっていくのを見届けて、ようやくわたしはホッと息をついた。
「はー……、本当に死ぬかと思った。ルナ、ありがとう。よくあの状況でこんなとこ見つけたね」
わたしがそう褒めると、ルナは得意げに胸を張る。
「まぁね! 上から風が微かに吹いていたのを感じたんだ。……もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
そう言ってルナは期待するように頭を突き出してくるので、わたしは思わず苦笑する。
でも実際ルナがここを見つけなければ大ピンチだったので、ここはたくさん褒めてあげてもいいところだろう。よしよしと頭を撫でれば、ルナは幸せそうに満面の笑みを浮かべた。
「キュウゥゥ……」
すると後ろからか細い鳴き声がしたので振り向けば、アダムのジャージの胸ポケットに隠れていたピグくんが顔を出してプルプルと震えている。
わたしはルナから離れ、そっとそんなピグくんへと近づく。
「こんなに震えて可哀想に……。よしよし。もう怖いのはいないし、大丈夫だからね」
「キュキュ~~!」
小さな頭を撫でてあげれば、ピグくんがつぶらな瞳をウルウルさせてこちらを見上げる。
そのあまりの可愛さに、またも顔が崩れそうになるが、背後からルナのただならない気配を感じたので、気合いで無表情を貫いた。
「ね、ねぇ! それよりこれからどうしよっか?」
「んなのドラゴンはそのまま走り去って行ったんだし、さっきの大回廊に戻りゃいーんじゃねーの?」
「いや、またあのドラゴンが現れるのがオチだと思うよ。それよりこの空洞の先を見てみなよ」
スッとルナが指差す方にわたしとアダムも視線を向ける。
すると薄暗い空洞の先に、微かに光が漏れているのが見えた。
「ほら、あの光。恐らく抜け道がある。もしかしたら3階に通じているんじゃない?」
「わぁ、きっとそうだよ! 大回廊の迂回路なのかも! ルナすごい! 早速行こう! ね、アダムも……」
「俺はさっきの大回廊に戻る」
「――――え?」
予想外の返答にわたしは目を瞬かせ、思わずアダムを凝視する。
「だってまた、ドラゴンが現れるんじゃ……」
「それはそいつのただの予想だろ? 俺は大丈夫だと予想したんだ。だから戻る」
「え、ちょっ……、アダム!? 待って……!」
いつになく頑ななアダムの様子に困惑し、けれど一人で大回廊に戻ろうとするのを放ってはおけず、わたしは引き留めようと足を踏み出したのだが……、
――――カチッ。
足元から何かスイッチを踏んだような音がして、わたしは恐る恐る下を見る。
その瞬間だった。
「――――え」
パカッ! と間抜けな音がして、立っていたはずの床が無くなる。
飛べるルナはともかく、羽根を持たないわたしとアダムはそのまま真っ逆さまだった。
「きっ、きゃあぁぁぁぁああ!!!?」
「うわぁぁぁぁぁぁああ!!!」
絶叫し、真っ暗な闇にそのまま吸い込まれるようにして、わたし達は落下していく。
「リリスーーーーーー!!!」
最後に聞いたのは、どんどん遠くなっていく、わたしを呼ぶルナの叫び声だった。