変わる世界 9
「キャーー!! エリザベッタ様よ!!」
「どうしてエリザベッタ様がこんなところにお一人でいらっしゃるのかしら……!?」
「アリスタルフさんも居るってことは、もしかしてお茶会のお話?」
ザワザワとわたし達を囲む周囲の生徒達が、生徒会長の姿を見て色めき立つ。
そんな生徒達をルナは横目で見た後、
「まぁ正確には〝エリザベッタの思念体〟……だけどね」
騒がしい生徒たちの話に付け加えるようにしてそう言った。
わたしは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「思念体……? って何?」
「思念体とは、肉体を持たない他者とコミュニケーションが取れる存在。……つまり分かりやすく言うと、目の前にいるのは本物のエリザベッタの分身ってことかな」
「ええっ!? じゃあ今いる生徒会長は偽物だって言うの!?」
息づかいや仕草、細かな動きに至るまで、どこからどう見ても本物の生徒会長にしか見えなかったので、わたしは驚いて思わずギョッと叫んでしまう。
「うん。魔法で思念を実体化させ、こちらに飛ばしたんだろうね」
「うふふ。わたくしの思念体は、常人には見破れない本物と見紛う精巧なもの。それを一目で見抜くなんて……。やはりわたくし、ますます貴方に興味が湧いてきましたわ」
手を口に当ててコロコロと上品に笑う姿は一見優雅だが、薄紫色の瞳の奥はまるで笑ってない。
ルナをじっとりと見つめる姿に何か粘ついたものを感じて、わたしは思わずルナを隠すように生徒会長の前に立った。
そこでようやく生徒会長はわたしに視線を向け、「ああ、そうでしたわ」とわざとらしく今思い出したかのように振る舞う。
「アリスタルフさん、このお返事はどういうことでして? わたくしには、『友達との約束があるので、お茶会への参加は辞退いたします』と読めるのだけど、見間違いかしら?」
困ったような表情で招待状に書いた返事を読む生徒会長に最初に反応したのは、後ろでわたし達の様子を伺っていたアダムであった。
「リリスお前っ……! 昼に入学式以来、音沙汰ないって言ってたじゃねーか! 嘘だったのかよ!?」
「嘘じゃないよ!! お昼終わった後に招待状が来たんだよ! でもアダムとの約束の方が先だったじゃん!」
「っいや……、それでも優先順位ってもんがあるだろーが……」
「アダム……?」
いつもの軽口とは違う本当に困った様子のアダムに、わたしは何と反応していいのか分からず戸惑う。
「うふふ。そのお友達の方がご自分のことをよく理解しているのね。アリスタルフさん。貴女もS組となったのですから、その立場に相応しい方とお友達付き合いをなさった方が良いことを自覚された方がよくてよ」
「は……?」
言っている意味が分からず、思わず生徒会長を睨む。
しかし生徒会長はそんなわたしのことなど意に返さず、アダムとその周囲をぐるりと見回し、クスクスと笑った。
「ではお伺いするけれど、彼はどのクラス? 召喚獣のランクは? S組であり、特別な召喚獣を有する貴女はもう以前の貴女ではない。多くの人間が貴女を特別視している今、貴女が親しくする人物にもおのずと注目はいくもの。貴女のその思慮の足りなさが彼を困らせ、彼の立場を危うくしているのではなくて?」
「…………!」
ハッとしてわたしも周囲を見回せば、いつの間にか視線は生徒会長とわたしやルナだけではなく、アダムにまで向けられていることに気づいた。
渦中のわたし達と共に居る人物。あれは誰だろう? と、囁き合っている。
そこでやっと、アダムがわたしを避けていた理由を理解した。わたしと一緒に居れば、今生徒会長が言ったようなことをアダムが言われるのだ。
『貴女はもう、以前の貴女ではない』
自分自身でも世界が変わったのだと自覚していたのに、なんでアダムに対しては以前と変わらないままでいられると思っていたんだろう……?
思慮が足りない。その言葉がわたしに重くのしかかる。
それでもアダムはわたしが誘えば、いつもお昼に付き合ってくれた。今日だってアイスを一緒に食べてくれるって約束してくれた。
全部、バカなわたしが我が儘を言ったから――。
「アダム、わたし……」
しかし、それ以上言葉は続かなかった。
わたしが言う前に、アダムがわたしの頭をポンポンと軽く叩いて苦笑していたから。
「ばーか、お前は何も気にすんな。いいからさっさとお茶会に出てこい」
「あ……」
そう言ってアダムはわたしの横を通り過ぎ、一人校門を出て歩いていく。どんどん遠ざかっていく背中に思わず追いかけようとして、
けれどもわたしの両足は、まるで縫い付けられたかのように動かなかった。