変わる世界 8
――しかしやはり世の中は無情なものらしい。
〝この穏やかな日々がずっと続けばいい〟
そんな願いはすぐにあっさりと打ち砕かれてしまった。
事の発端は昼食後、クラスに戻って午後からの授業の準備をしていた時だった。不意に紙で折られた小鳥がパタパタとこちらに飛んできて、わたしの机の上で止まったのだ。
「可愛い……けどなんだろう、これ?」
「これは伝書魔法だね」
左隣の席のルナが小鳥に向かって指を振ると、たちまち小鳥がパッと開いて一枚の高級そうな紙になった。
「あ、もしかしてこれって手紙……?」
手に取ってみると文字が書かれている。
なんとなく嫌な予感がするが、とりあえず読んでみるとその予感は見事に当たった。
『リリス・アリスタルフ様
ごきげんよう。
先日申し上げたお茶会の準備が整いましたので正式にご招待いたしますわ。
本日の放課後、温室にいらしてくださいな。
エリザベッタ・ノーブレ』
「うわわわわ! 招待状ってこんな風に来るんだ~!! すごい! すごいよリリスちゃーーん!!!」
全力で見なかったことにしたかったが、右隣の席から手紙を覗き込んでいたアンヌがはしゃいでわたしの肩を揺さぶってくるし、後ろの席からは男子三人の「なぜお前なんかが生徒会長に……」という強い圧を感じるのでそれもままならない。
しかし困ったことになった。今日の放課後といえば、先ほどアダムとアイスを食べに行く約束をしたばっかりなのに。
「……ねぇルナ、これって差出人に送り返すことも出来るの?」
「もちろん」
ルナの返答を聞いて、わたしは少し考えて机の引き出しからペンを取り出す。
「なぁに~? お返事? なんて書いたの~?」
アンヌが興味津々に聞いてくるが、「内緒」とだけ答えておく。
そして書き終えたものをルナに渡せば、ルナはわたしの文章に目を通した後、指を軽く振って手紙を小鳥に戻した。
そのまま小鳥がパタパタと教室を出て行くのを見届けた後、わたしはルナを振り返る。
「わたしの返事……。ルナの昨日の忠告を破ることになるのに、なんにも言わないんだね?」
ポツリと呟くように聞くと、ルナは優しく微笑んで言った。
「リリスらしいなって思ったからね」
* * *
「アダム、お待たせ」
「おう」
放課後。わたしとルナは約束通り正面玄関で待っていたアダムと合流した。
アダムは大きなあくびをひとつして、とても眠そうだ。
「春は毎日ぽかぽか陽気で眠くなるよね」
「ああそうなんだよなぁ。特に腹いっぱいの後の午後の授業、めっちゃ眠かった」
「あーわたしもだよ。けどS組って5人しかいないし、居眠りしたら目立つから我慢するの大変だったよ」
「え、リリス覚えてないの? めちゃくちゃ首をカックンカックンさせた挙句、数十分沈黙してたけど……」
「えええっ!!?」
3人でおしゃべりしながら正面玄関を出てそのまま校門まで歩き出すが、しかしその足は数歩で止まってしまった。
何故ならその場にいた他の生徒達から悲鳴が上がり、いつの間にかまた入学式の時のようにわたし達は多くの生徒達に囲まれていたからだ。
そしてその円の中心に居たのは、わたし達だけではなく――……。
「ごきげんよう、リリス・アリスタルフさん。この招待状のお返事、一体どういうことかご教示頂きませんこと?」
わたしが返事を書いたあの招待状を手に持った、生徒会長エリザベッタ・ノーブレその人もだったのだ。