変わる世界 7
入学式が終わってあっという間に二週目の半ば。入学式でのドタバタに反して、わたしの高等部生活は意外にも穏やかに過ぎていた。
もちろん注目の的なのは変わっていないので、誰かの視界に入る度に何かしらのリアクションはとられるが、最近ではそれも慣れつつある。
そんな訳で、今日も今日とて人気の無い校舎の裏庭にて、わたしとルナ、そしてアダムとピグくんの三人と一匹でランチタイムなのだが……。
「――で、なんでお前は新しい友達も出来たのに、未だに俺と昼メシ食ってる訳?」
「キュ?」
学食でテイクアウトしたステーキ丼をかきこみながらアダムから呆れたような顔をすると、つられてピグくんも不思議そうにわたしを見つめる。それにほっこり和みつつも、わたしは少し困って頬を掻いた。
「んーと、アンヌは中等部からの友達が多いみたいで……。それにわたし、アダムと一緒にご飯食べるのが楽しいから」
わたしがそう言うと、アダムは「そうかよ」とぶっきらぼうに呟く。長年の付き合いでそれがアダムの照れ隠しだと分かっているので、わたしは密かにほっとする。
アンヌが他の友達と昼食を食べているのは本当だが、それはわたしが彼女の誘いを断っているからであった。
実は高等部に入ってからというもの、クラスが分かれたことも原因なのか、アダムがわたしに対して何処となくよそよそしいのだ。
会えば挨拶してくれるし、誘えばこうして一緒に食事もしてくれる。けれど中等部の頃には無かった壁のようなものを、わたしは薄々感じていた。
「それでクラスには馴染めてんのか? いつも話に出てくるあのアンヌ・ミィシェーレ以外とは上手くやってんのかよ?」
「うーん。わたしとアンヌ以外は全員男子なんだけど、みんな生徒会長に憧れてるみたいで、わたしを目の敵にしてるよ。それでも最近は少し世間話は出来たし、前進はしてるのかも?」
言いながらわたしは、テイクアウトしたロコモコ丼の蓋を開けた。ジューシーに焼けたハンバーグと横に添えられたプルンと光る目玉焼きのコントラストが、なんとも食欲をそそる。
「ああそうだ、生徒会長と言えば、お茶会の方はどうなったんだよ? 入学式以来音沙汰なし?」
「うん、音沙汰なし。もう忘れたんじゃない? わたしもその方がいいし」
「普通忘れられてたら落胆するとこなんだが……。まぁお前らしいが」
言ってアダムはステーキにかぶりつく。
対してわたしも目玉焼きをスプーンで崩せば、黄身がとろりと飛び出してグレービーソースに絡まる。そこをスプーンでハンバーグとご飯と一緒にすくい上げて口に運べば、口全体が幸せに包まれた。
「いいなぁリリス。僕もひとくち」
「はいはい」
そこでわたしの隣に座って、わたし達の食事の様子を見ていたルナがおねだりしてくる。
いつものことなのでわたしは頷いて、ロコモコ丼をスプーンですくって口に放り込んでやれば、ルナが幸せそうに口をもぐもぐさせた。
その様子を見ていたアダムが嫌そうに顔を顰める。
「お前、召喚獣なんだからメシ要らねーだろ。どうしても食いたいなら、リリスの分取るんじゃなくて自分の分用意しろよ」
「イヤだ。僕が食べたいのはリリスの食べてるものであって、ロコモコ丼じゃないし」
「屁理屈言うんじゃねー!!」
べっと舌を出すルナにアダムが怒鳴る。
「わーもー! ケンカしちゃダメだよ! ルナは挑発するような態度とっちゃダメ!」
「キュー! キューキュー!!」
不穏な空気に、わたしとピグくんは慌てて仲裁に入る。しかしこの状況、以前ルナと兄様を仲裁した時とデジャブを感じるような。
もしかしてルナは男性と相性が悪いんだろうか……?
「アダムも、少しくらいわたしのご飯をルナにあげたって、わたしは飢え死にしたりしないから大丈夫だよ」
「……バカ、そういう意味で言ったんじゃねーよ」
「リリスは天然だから」
「キュ?」
ルナとアダムが同時に溜息をつく。キョトンとしてるのはピグくんだけ。
え? 仲が悪かったんじゃなかったの?? 男ってよく分からない。
「あ、そうだ。それよりこれ見てよ! 今日はこれにアダムを誘いたかったんだよね!」
残りのロコモコ丼を完食して、持って来ていた雑誌をアダムに見せる。
「……〝王都におしゃれかわいいアイス専門店が登場〟? こんなん女同士で行った方が楽しいだろ。上位召喚士と行けばいいだろうが」
そう言ってプイとそっぽを向かれるが、つれない態度は想定内なので慌てない。
「アダムだってアイス好きじゃん! わたしはアダムと行きたいんだよ!」
「俺と……?」
わたしの言葉に目を瞬かせ、アダムは少し考えるそぶりを見せる。
「……分かった。そこまで言うなら行く」
「ホント!? じゃあ今日の放課後、正面玄関に集合しよ! 約束ね!」
嬉しくてアダムの両手を握れば、ぎゅっと握り返される。ハッとアダムの顔を見上げると、複雑そうな表情でわたしを見ていた。
「リリス、俺……」
「……アダム?」
「もちろん僕も行くからねー。あーアイス楽しみだなー」
アダムが何かを言う前に、わたしはぎゅむっと背後からルナに抱きしめられる。
それとアダムが切れるのは同時だった。
「てめー邪魔すんじゃねーーーーっっ!!!」
「召喚士の危機を守るのは召喚獣の務めだし」
「もー! だからケンカはダメだって!!」
「キュキュー!!」
威嚇し合う二人を宥めつつ、わたしはこの穏やかな日々がずっと続けばいい。
――そう心から願ったのだった。