変わる世界 6
「あーもう外は真っ暗。今日は疲れたし、本格的な荷物の片づけは明日やろっかなー」
アンヌと少し話をして別れた後、わたしのお部屋係となった職員さんから挨拶と寮内の説明を受けていたのだが、部屋に戻って来た頃には赤かった空がもうすっかり黒く塗りつぶされていた。
せっかくなので窓からバルコニーに出ると、星がいくつも煌めいていて、ぼぅっと見惚れてしまう。
「キレー……」
空を見上げる時間は好きだ。中等部の寮でも屋上で一人、詠唱を唱えては上手くいかない度にこうやって空を見ていた。辛いことも悲しいことも、この大きな空に比べたらちっぽけなことだって思えて、何度もわたしの心は慰められていたのだ。
どのくらいそうしていただろう……。
「――リリス」
背後から声が掛かり、振り向けばルナが窓から出てわたしの隣へと歩いてくる。
「初めて会った時も、リリスはこうやって空を見てたね。空を見るのが好きなの?」
「そういえばそうだったっけ。……うん。なんだか昔から好きなんだよね。見てると慰められるっていうか……。天の神様には嫌われてるって思うのに、不思議だよね」
「…………」
「……ルナ?」
返事がないのでルナの顔を見ると、真剣な顔でじっとわたしを見つめていた。その表情はいつもと違って、どこか冷たくて恐ろしく思える。
するとわたしが不安げな視線に気づいたのか、ルナは頭を軽く振って、いつもの調子で笑った。
「……ごめん。ちょっと考え事してた」
「考え事……? それってもしかして、生徒会長のこと?」
「え? 生徒会長??」
真っ先に頭に浮かんだ人物を挙げると、ルナはきょとんとして首を傾げる。
「あれ、違った?」
「違うけど……。リリスは生徒会長が気になるの?」
ルナの問いにわたしは素直に頷く。
「そりゃあ気になるよ。アンヌは生徒会長に憧れてるみたいだけど、わたしはなんか引っかかるんだよね。確かにレアな召喚獣ほど強い力を持ってるけど、特別クラスを作ったり、こんな豪華な部屋に住まわせたり、なんか過剰っていうか……もしかして」
「――もしかして何かの罠かも知れないって?」
少し低いトーンで言われてドキリとする。
思わずルナの白金の瞳を見ると目が合った。
「リリスの言いたいことは分かるよ。確かにあの生徒会長には裏があるだろうね。けど彼女から具体的に何かされた訳でもないんだから、他の生徒の反感を買いかねない行動はしない方がいい」
「う」
「そんなことをしてもし君に何かあれば、僕はどうにかなってしまうよ」
「……っ!」
言いながら優しく頬を撫でられ、わたしの胸は大きく跳ねた。ルナがわたしを心配してくれているのは痛いほど伝わってくる。
けど一度生まれたモヤモヤは、なかなか消えてくれない。
「でも生徒会長はルナを褒めてたし、すごく熱心に見てた! わたしをお茶会に誘ってきたのも、絶対にルナが目的に決まってる! なんかそういうのすごい嫌だ、ルナはわたしの召喚獣なのに……っ!!」
言った瞬間、ルナは驚いたように目を丸くする。元々大きな瞳が更に大きくなっていっそこぼれ落ちそうだ。
何をそんなに驚いているのか分からず、首を傾げてルナを見る。するとぎゅうっっと音が出そうなくらい、いきなり強く抱きしめられた。
「え!? ちょっ、ルナ!? 苦しい!!」
「嬉しいよリリス!! それって僕を取られたくなくて、ヤキモチ焼いてるってことだよね!!?」
「え」
ルナの腕から逃れようともがいていたわたしの思考が停止する。
ヤキモチ……? わたしが……?
完全に無意識だったが、自覚すれば思い当たる先程の言動に、頭が……――爆発した。
「よし、寝よう!!! ちょっと今日は色々あり過ぎて思考がネガティブになってたんだ!! 寝て頭を冷やそう!!!!」
「えーっ!? 僕は震えるほど嬉しかったのに、心が弱ってたからってことにするの!? ていうかリリス、ご飯もお風呂もまだでしょ! 寝るには早いよ!」
「うっさい!! 寝るったら寝るの!!!」
「あっ! リリス!!」
わたしはルナから顔を背けて無理矢理腕から抜け出す。そしてそのままドタドタと走って寝室に入れば、シーツを頭から被ってすぐに目を閉じた。
もう本当にさっさと寝てしまおう。
耳まで真っ赤であろうこの顔が、ルナに見つかってしまう前に――。