変わる世界 5
夕方。
カーカーとカラスの鳴く声を聞きながら、朝来た道をルナと一緒にとぼとぼと歩く。
「はー、S組に生徒会長のお茶会に……。今日一日で色々あり過ぎて頭パンクしそう……」
「あの生徒会長の影響力は凄まじいんだね。リリスをお茶会に誘った瞬間、周囲の目が羨望か嫉妬か真っ二つに割れてたよ」
「うう……。わたしの思い描いていた学園生活からどんどん遠ざかってく……」
入学式の後はS組の教室で自己紹介や今後のカリキュラムについて説明を受けたのだが、アンヌは目をキラキラさせてお茶会のことしか言わないし、他のクラスメイトは元落ちこぼれのわたしが生徒会長のお茶会に呼ばれたのが気に入らないらしく、そもそも話すらしてくれない。
朝は新しい学園生活が始まると気合いを入れていたのに、今はなんだかまたとんでもないことに巻き込まれそうで、明日以降も不安しかなかった。学生寮に戻る足取りも重い。
「あれ? リリス、今日からは新しい学生寮でしょ? 高等部の寮はこっちだよ」
「あ、そうだった」
ルナに促され、慌てて道を引き返す。
中等部と高等部はそれぞれ別の学生寮で、わたしも昨日までは中等部の寮を使っていたが、今日からは高等部の寮でお世話になるのである。
荷物は今朝の内に運んでもらうよう寮の職員さんに頼んであるので、後は身ひとつで新しい寮に向かうだけであった。
* * *
「リリス・アリスタルフさん。ルナさん。お待ちしておりました」
ずらーっと寮の職員さんがわたし達の前に並んで綺麗なお辞儀をする。
寮に無事到着し、受付で名前を告げるといきなりこうなったのだ。
なんだか嫌な予感がしたのでそのまま引き返したい衝動に駆られたが、職員さん達の圧の前には無力で、あれよあれよという間にわたしの部屋だという場所に連れて来られてしまう。
そして……。
「――え、ここがわたしの部屋……ですか?」
案内された〝わたしの新しい部屋〟に、顎が外れるかと思った。
何故ならわたしの想像をゆうに飛び越えた恐ろし過ぎる部屋だったからだ。
広い大理石の床に、開放的で大きい窓。そこから外に出れば、なんとバルコニーまである。しかもここはあくまでもダイニングルームらしく、他にも寝室、キッチン、洗面所等々……。
まるで王都の高級ホテルのような立派過ぎる部屋に、ルナは楽しそうにあちこち見て回っているが、わたしは完全に気後れしてしまう。
だって中等部の寮の平凡なワンルームとはあまりにも違い過ぎるんだもん!!
「あ、あの、ここがわたしの部屋というのは何かの間違いじゃないですか……?」
念のため確認するが、後ろで控えていた職員さんは無慈悲にも首を横に振った。
「いいえ。間違いではなく、こちらは正しくアリスタルフさんの為にご用意したお部屋でございます。S組の皆様には相応しい対応をするようにと、エリザベッタ様のご命令ですので」
……またS組。そしてまたエリザベッタ様か。
普通、一介の生徒会長が寮のことまで口出しできるのだろうか?
理事長の娘とはアンヌが言っていたけど……。
「あ~リリスちゃん」
頭を捻っていると、後ろから女の子の声で名前を呼ばれた。このふわふわした話し方は覚えがある。振り返れば予想通り、部屋の入口にストロベリーブロンドを二つに結った女の子――アンヌが立っていた。
「リリスちゃんの声がしたから部屋から出てきたんだけど、よかったぁ~。リリスちゃん、わたしのお隣さんなんだね」
「えっ、そうなの!?」
驚き目を瞬かせると、横にいた職員さんが頷く。
「このフロアはS組生専用となっております。学年ごとに部屋を割り振っておりますので、ミィシェーレさん以外にもこの辺りは全て1年S組の方々のお部屋でございます」
「お部屋もすごいけど、サービスもすっごいんだよ~! 食事はいつでもお部屋に運んでもらえて、広いお風呂が完備されてる上にお部屋係さんも居るんだって~」
「へ、へぇー……」
中等部の寮では食事はみんな食堂に集まってとっていたし、部屋にはシャワーしかなく、お風呂は大浴場。部屋係なんてもちろんいない。
「わたしこんなお姫さまみたいな扱いされたの初めてだよ~。全部エリザベッタ様のお陰だね~」
「……そうだね」
にこにこしているアンヌを見てると心が和むが、生徒会長がここまでS組を優遇する理由はなんなのか。
生まれた釈然としない気持ちは、いつまでも消えそうになかった。