変わる世界 1
ついに……、ついにこの日が来てしまった……!
わたしは真新しい制服に身を包み、通い慣れた中等部の校舎とは反対側にある、〝ある建物〟を深呼吸して見上げる。
――魔法学園高等部。
退学危機や化け物の強襲、そして怪我による一週間あまりの療養生活。そんな様々な困難を乗り越えて、今日はいよいよ高等部の入学式なのだ。
授業にはついていけるだろうか?
クラスはアダムと一緒になれるだろうか?
高等部こそは、アダム以外にも友達が出来るだろうか?
文字通り死に物狂いで掴んだ高等部への進学。もちろんめちゃくちゃ嬉しいんだけど、同じくらい不安も尽きなくて、ついあれこれ考えてしまう。
「リリスー? なんで校舎に入らないで、ずっと入口の前でぐるぐる回ってんの? 入学式に遅刻するよ」
「……っ!?」
頭が心配でいっぱいになっていたところに、不意に耳元で囁かれて、わたしは驚きのあまり飛び上がった。
「ル、ルルルルナ!? 耳元で話すのはヤメてって、いつも言ってるでしょ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、わたしの召喚獣である真っ白な髪に白金の瞳の、白い羽根が生えた少年――ルナはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「あーそうだったね、ごめんごめん。こーゆーことしちゃうと、リリスってば僕のこと意識し過ぎてドキドキが止まらなくなるんだもんね? この前の空デートの時も、今と同じくらいスッゴイ真っ赤になっちゃって……」
「わーわー聞こえないっ!! なーんにも聞こえなーいっっ!!!」
耳を塞いでそっぽを向くわたしを見て、ルナは楽しそうにクスクス笑う。
――ルナと出会ってもうひと月余り。
最近ではすっかりわたしもルナに馴染んでいて、冗談や軽口を叩き合ったりする仲にまで打ち解けられた。一般的な召喚士と召喚獣の関係とは全然違うけど、それでもわたしはこの友達のような気安い関係を気に入っている。
……まぁそうは言っても、悩みが無いわけじゃないんだけどね。
「今日は髪型も凝っているよね。やっぱり白はリリスに似合ってて、とっても可愛いよ」
そう言ってルナがわたしの髪を一房手に取り、自らの唇へと押し当てた。
今日は入学式ということで、いつもはそのままの腰まである黒髪を白のリボンでハーフアップにしてみたのだが、どうやらルナは目敏く気づいたらしい。
「あ、ありがとう……」
褒められるのは素直に嬉しく思う。けれどあの例の雑誌を読んで以来、ルナはこんな風に物語の王子様みたいな行動をよくするようになった。
実はそれが今一番の悩みである。
なにせルナはとんでもなく美少年だ。
王国一。いや、世界一かとも思うくらい、ルナの美貌は圧倒的で群を抜いていた。
そんなルナが今日は普段の神官風の白い衣ではなく、わたしと同じく制服を着ているのだ。いつもの神々しい雰囲気とはまた違った、凛としたカッコ良さが前面に出ている。
……言わんとすることが分かるだろうか?
つまりこうやって心臓に悪いことをされると、毎回わたしの心拍数は爆上がりしてしまうのだ。命に関わるからヤメてほしい。本気で。
しかもルナはそんなわたしの反応を楽しんでいる節があるし、本当に本当に困る。
「はぁ……」
「そんなに不安にならなくたっていいのに。顔触れは中等部とそう変わらないんでしょ? あの栗毛のソバカス君も一緒なんだよね?」
「いや、今の溜息は不安からじゃなくて疲れからだし。本当にルナってば緊張感がないんだから……」
わたしがまた溜息をつくと、ルナもまたクスクスと笑う。
そしてごく自然に、通学鞄を持っていない方の手をぎゅっと握られた。その手は色白で、わたしより一回り大きくじんわりと温かく、触れられた場所からほっとして体の緊張が抜けていく心地がする。
「そんなのある訳ないでしょ? 不安も緊張も、全部僕が吹き飛ばしてあげるよ。なんてったって、今のリリスには僕がいるんだからね」
「――――っ」
……そうだった。
召喚士と召喚獣の絆に憧れ、誰も彼もが羨ましくて、自分を落ちこぼれと責めていた以前とは違うのだ。
「うん、ありがとう。わたしは変わったんだよね」
握られた手をわたしもぎゅっと握り返して、高等部の中へと足を踏み出す。
リリス・アリスタルフ、15歳。
新しいわたしの学園生活が、今始まる――。