夜を照らす月の光 7
※エルンスト視点
「――ルナが神託の神の御使いというのは、あくまでも私の推測に過ぎません。しかし15年間召喚獣を持てなかったリリスが、あの卒業テストで起きた事件の土壇場に運良く召喚出来たとは考え難い。だとすればルナの方がリリスに何らかの目的を持って近づいたと考えた方が自然でしょう」
「何らかの目的……。それが神託に繋がるんだね?」
学園長は紅茶を一口飲むとティーカップをソーサーに置き、向かいに座る私と視線を合わせる。
「ええ。神託の一節に〝夜を纏いしその時は、神の御使いが魔女を討ち取らん〟とあります。実際リリスの髪と瞳は年を経るごとに黒く染まり、15歳となった今は完全な黒だ。この現象が夜を纏ったことを意味するのなら……」
「神の御使いは既に現れていなければおかしい……か」
私の言葉を学園長が引き継ぎ、それに「はい」と答える。
互いに沈黙が続き、先に口を開いたのは学園長だった。
「時にエルンスト君は魔法王国ラーの創世神話を覚えているかい?」
急な話題転換に不思議に思いながらも私は頷く。
「勿論覚えていますよ。人間と召喚獣は元はひとつの存在で、昔はそれこそが〝人間〟だった。でもある時人間は神を怒らせてしまい、神は人間を弱体化させる為に人間と召喚獣は分けられた……ですよね」
「ああ、その通りだよ。そしてその召喚獣とひとつだった頃の人間は……ルナ、ちょうど彼のような人型に羽根を持った姿であったと考えられている」
「!!」
予想外の返答に私は目を見開く。
「だとすれば、ルナは一体何者なんだ……?」
私は最初にルナと会った時、直接彼に神の御使いかを問いかけた。その時は曖昧に躱されたが、疑いはほぼ事実だと確信していた。
――だが、そうだとするとひとつ疑問が残る。
ルナが神託の神の御使いならば、何故リリスは未だに無事なのか?
リリスの療養中、ルナはずっと彼女の側にいた。ルナが何らかの行動を取ってもいつでも動けるように私は常に目を光らせていたが、しかしルナのリリスを見る表情は、まるであの子に愛おしさを抱いているかのようにも思える優しいものだった。
ルナは本当に神の御使いなのか? であるならば、何故あの二つ頭の化け物からリリスを守り、あの子の召喚獣となった? そもそもあの化け物は一体なんなんだ?
考えれば考えるほどひとつだった筈の疑問がいくつにも増えて、結果収拾がつかず私は顔を手で覆った。
「まぁ、今の少ない判断材料で彼が敵か味方かを判断するのは早計かな。なにせ彼、随分アリスタルフ嬢に懐いているんだろう?」
学園長は何気なく言ったのだろうが、私の機嫌は急降下した。
「……はい。しかもリリスも既に心を許しているのか、今日はそれが原因で人生初の兄妹ケンカをしましたよ」
私の憮然とした様子に、学園長が吹き出す。
「ははは! なるほど君の溜息の理由はそれか! ケンカするなんて結構じゃないか。それに常に悪いことばかり考えてしまう君の癖も分かるが、もっと楽観的でもいいと思うんだ。考え方を変えれば、危険な身の上であるアリスタルフ嬢にあれ程の強さを誇る護衛が着いたということなのだから」
「まあそれは……、そうですね」
確かにあまり考え込むよりは、学園長のようにもう少し気楽に構えてもいいのかも知れない。
そう考えたら心が少し軽くなった気がした。
「――――?」
そしてふと先ほどの窓に目をやると、くっきりとした満月に見たことのある人影が二人、一瞬照らされたように見える。
だが、まさか……な。こんな話をしていたから幻覚でも見たんだろうか?
私は頭を振り、すっかり冷めた紅茶を口に含んだ。
……夜は私にとって否が応でもリリスを連想させた。
神託によって深い闇に堕とされた憐れな妹。
救いたいという気持ちはあれど、結局私は彼女を照らす光にはなれなかった。
願わくば自らを〝ルナ〟と称したあの召喚獣がリリスを照らす光となってくれたらいい。
――そう思わずにはいられなかった。