夜を照らす月の光 6
「デ、デートってなんでいきなり???」
今日は散々意味の分からないことを言っていたルナだが、これは極めつけだ。
「人間は気になる異性とデートをして親密になるってこの本に書いてあったよ。僕もリリスと親密になりたいんだ。だからデートしようよ」
さっきまで読んでいた雑誌を指差してにっこりと笑うルナ。確かにその雑誌の内容はデート特集だったなぁ。
意味が分かって言ってるのかは謎だが、本気でデートする気なのは伝わった。火照りが冷めてきた頬がまた熱を持ち始める。
「い、いやでも、わたし兄様に後2日は外に出ちゃダメって言われてるし……」
「え? あんなに反発していた兄に素直に従う必要はないんじゃない?」
「う」
痛いところを突かれて押し黙る。
どうやらルナに遠回しな言葉は通じないみたいだ。仕方ないので素直な本音を伝えることにした。
「あのねルナ、デートっていうのは女の子にとって特別なものなの。こんな今日の献立聞くみたいな気安いものじゃないっていうか……。それにわたし今患者衣だし、こんな姿で外になんて出られないよ」
わたしがそう言うとルナは少し考える仕草をして頷く。
「そっか。確かにデートにはきちんとした手順があると、その本にも書いてあったね」
「分かってくれた?」
「うん。――じゃあこういうのはどう?」
「え」
考え直してくれたのかと思ったら、ルナはいきなりわたしに向かって指を軽く振る。
すると一瞬にしてわたしが着ていた患者衣が白く上品なデザインのワンピースへと変貌し、これには堪らず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「えっ、ええぇぇぇぇ!!!?」
何これすごい! こんなことが魔法で出来ちゃうの!? この繊細なレースのワンピースは、先ほどルナが読んでいた雑誌の中でモデルが着ていたものそのまんまだ!!
これは一体どういう魔法なんだろう? ワンピースの裾をもってまじまじと見つめる。
「気に入った? リリス」
「あ……」
ワンピースを見ていた視線をルナに向けた瞬間、わたしは息をするのを忘れてしまった。
ルナはいつもの神官のような白い衣ではなく、同じく雑誌のモデルが着ていた魔法王国ラーの男性の正装である軍服を着ていたのだ。
そんなルナがスッとわたしの前に跪いて、真っ直ぐに見つめてくる。その真剣な眼差しにわたしの心臓はドクン跳ねて、頬だけでなく体まで熱くなるのを感じた。
「リリス・アリスタルフ嬢、どうか僕とデートしてくれませんか?」
ルナは雑誌に書かれていたことを忠実に再現しようとしているようだ。雑誌の中だけの夢物語のような光景が現実となり、わたしの胸は否が応でもドキドキと高鳴ってしまう。
――ずるい。
こんな風にそんな姿で言われたら、嫌だなんて言えないではないか。
「……リリス?」
しかもここまでやっておいて、わたしが中々反応しないせいか不安そうに見上げてくるのだ。
なんだかその上目遣いの表情にも胸をきゅんとさせられてしまい、結局わたしは考えるよりも先に、ルナのその手を取ってしまっていた。
* * *
「すごいすごい! 街がミニチュアみたーい!!」
今夜は満月だからだろうか。
街全体が月の柔らかな光に包まれ、いつもの夜より明るく感じる。
優しい風がわたしの頬をくすぐり歓声を上げれば、耳元でルナがクスクスと笑う。
笑った時の胸の動き、更にはその息づかいまでも間近に感じてしまって、わたしは今自分がどんな体勢をしてるのか思い出し、顔を赤らめた。
「リリスが楽しんでくれてなによりだよ。もう随分飛んできちゃったね。学園があんなに小さい」
「う、うん! そうだね!」
綺麗な景色よりも体勢のことばかり気にしてしまい、ついギクシャクと返事をする。
ルナの言う通り、いつも過ごしている学園を上から眺めているなんて不思議な気分だ。しかしそれ以上に長いまつ毛までもくっきり見える顔の近さや、体に回された腕の温かい感触が、一度意識したら気になって気になって仕方なくなってきた。
――そう、わたしは今ルナに所謂お姫様抱っこをされて空を飛んでいるのである。
「あっちには王城がよく見えるよ。こんな時間でもまだどの窓も光ってる。人間って本当に勤労が好きだよねー」
「そ、そうだね……」
ルナはわたしの内心に気づかず、嬉しそうに王城を見つめている。それに倣ってわたしもまた、ドキドキとうるさい鼓動をなんとか鎮めて、空の上からだとおもちゃのようにすら見える小さな王城を見下ろす。
王城にわたし自身が入ったことはないが、兄様が普段働いている場所だと思うと、おこがましいのは承知だがなんとなく親近感を覚えた。
兄様は現在は仕事の関係で魔法学園に出入りしているようだが、きっと仕事終わりは王城に報告へ向かうに違いない。
今日はわたしのお見舞いをしてすぐに王城に帰ったのかな? あの明かりのついた窓の部屋のどれかで、今も仕事をしてるんだろうか?
ふと、そんなことが頭をよぎった。