夜を照らす月の光 4
※後半エルンスト視点
アダムと面会した後は、療養所に来て以来すっかり慣れたルーティンをこなす。具体的にはルナとお喋りしたり、お気に入りの雑誌を読んだり、夕ご飯を食べてお風呂に入ったり。窓の外を見れば、そうこうしている間にすっかり夜も更けていた。
「ふー、サッパリしたー。ねえ、前から思ってたけど、ルナはお風呂に入らなくていいの?」
お風呂から上がると、ルナがベッドの横にある椅子に座ってわたしが読んでた雑誌を興味深そうに捲っていたので声を掛ける。
「んー……。試したことは無いから、リリスが一緒に入ってやり方を教えてくれれば入れるかな?」
意味ありげにニヤリと笑いかけられ、頬が一気に熱くなった。
「んなっ!? 一緒に入んないし! ちょっと召喚獣の生態に興味があったから聞いただけ!」
「ふーん」
本気で言った訳じゃないのか、ルナはキョトンとわたしを見てから、また手の中の雑誌を捲り始めた。
普通召喚獣は召喚士が呼び出さない限り現れることは無いし、役目を果たせば召喚獣は恐らく神のいる天の元いた場所に戻る……と考えられている。
断言出来ないのは、人間と召喚獣は密接な関係ながら、またまだその生態は謎に包まれ解明されていないからである。
しかしそんな定説を否定するように、ルナはあの化け物を倒した後もこうしてわたしの側にいるままだ。
ルナが召喚獣の中でも規格外なのは初めて会った時から重々承知しているが、今日はアダムとも会えて少し心に余裕が出て来たからか、これまで未知とされた召喚獣の生態に興味が湧いてきていた。
お風呂は教えてあげれば入れるってことは入らなくても支障は無いってことよね。確かにルナの体は常に魔力が帯びていて汚れとは無縁なように感じる。じゃあ睡眠と食事は――……。
「――ねえ、リリス」
お風呂上がりで火照る体を窓を開けて冷ましながら考えていると、パタンと雑誌を閉じたルナがこちらを真剣な表情で見てくる。
「な……何……?」
只ならぬ気配に警戒しつつ問えば、次の瞬間ルナの表情は一変し、まるで花がほころぶように笑う。
そのあまりにも綺麗な笑みに思わずぼぅっと見惚れると、
「これから僕とデートしようよ」
そう言ってルナはわたしに手を差し伸べてきた。
* * *
目線の先にある、繊細な装飾が施された大きめの学園長室の窓からは月がよく見えた。
どうやら今夜は満月らしい。
〝月〟……か。
午前の出来事を思い出して、私は小さく溜息を吐く。
それに向かいに座る学園長は目敏く気付き、微笑んだ。
「君が溜息とは珍しい。理由はアリスタルフ嬢かな?」
「何故そこで妹の名前が……まあ、その通りですが」
問いかけてくるわりに、答えは分かっているような表情だ。思わず憮然とすると、学園長は破顔した。
「ははは! 表情が変わらなさ過ぎて人形のようだとすら言われる君の鉄仮面を崩すとは、アリスタルフ嬢は本当に面白い! 気になっているのは彼女の召喚獣のことだろう?」
またも言い当てられてしまい私は降参する。
学園長ランドルフ・レオルグは普段は飄々としていて侮る者も多いが、実際は生徒たちが揶揄する〝ボンクラ学園長〟では決っしてない。人を見る目は確かであり、当時まだ学生の身に過ぎなかった私を王宮に推薦し、最年少で王宮付召喚士となれたのは学園長の力添えあってのことだった。
学園長は恩人でもあり、実父よりも父のようでもあり……。私にとっては本音で話せる数少ない人物でもあった。
「まったく、学園長には敵いませんね。実は、杞憂ならばいいのですが――……」
ティーカップに淹れられた紅茶を一口飲み、私はゆっくりと〝リリスの神託について〟学園長に話し始める――。