夜を照らす月の光 3
アダムに会いに行ったのは、お昼ご飯を終えた後だった。病室のドアをノックすれば「はい」と声がかかる。
「アダム、リリスだけど起きてる?」
中に入ると、わたしと同じ患者衣でベッドに横になっているアダムがこちらを見た。
「よぉリリス、なんだ元気そうじゃねぇか」
ベッドから軽く体の位置をずらしながらアダムは笑って軽口を叩く。しかし背中の傷が原因で起き上がることもままならない様子だし、背中以外にも患者衣で隠れてない両腕には包帯がしっかりと巻かれていて、頬にも湿布が貼られて痛々しい。
改めてとんでもないことに巻き込んでしまったのだと、罪悪感で胸が潰れそうになる。
「アダム、あの、わたし……」
「謝んなよ」
ピシャリと言われ、喉まで出かかった謝罪の言葉がぐっと詰まった。
「俺がしたくてやったことだ。お前のせいじゃないし、このことでお前が罪悪感を引きずる必要も無い」
「!! けど……っ!」
酷く淡々と言われた言葉に、思わず我慢出来ずに叫ぶ。
「背中の傷は深くて跡は一生消えないって聞いたよ!! そんな……、そんなものアダムに背負わせてわたしは……!」
「お前を助けて出来た傷なんて、寧ろ勲章じゃねーか」
「え……?」
予想外の返しにわたしは目をパチパチさせる。
「まあ、結局あっさりヤラレちまってカッコ悪いったらありゃしなかったけどな」
アダムは少し照れたようにソッポを向いた。
わたしはベッドの側にあった椅子に座り、投げ出されていたアダムの包帯が巻かれた手をそっと取って軽く握る。
「ううん、カッコ悪くなんてないよ。あの時アダムが来てくれてわたしがどんなに救われたか……。ありがとう、アダム」
「リリス……」
感謝の気持ちが伝わるように満面の笑みをアダムに向けると、アダムは痛いだろうにわたしの手をぎゅっと握り返し、そしてぐっと顔を近づけてきた。
「ア、アダム……?」
その表情は真剣そのもので、その様子に少し戸惑っていると、不意にわたしのお腹辺りに手が触れられる感覚があった。それを疑問に思う前に、次の瞬間には強制的に立ち上がらされている。
それに慌てて振り向けば、その手の主が誰かはすぐに分かった。
「ルナ!? 留守番しててって言ったのに!」
背後からわたしのお腹に腕を回しているルナを見上げて言えば、ルナは少しむくれた表情をする。
「だって、召喚士の危機を守るのは召喚獣の務めだし」
「???」
さっきの兄様の時といい、ルナの言っている意味はよく分からない。
「――おい、あんた」
ルナのよく分からない言動に混乱していると、背後のアダムがルナをジロリと見て口を開く。
「あんた、卒業テストであの化け物を倒した奴だろ? リリスのなんなんだ?」
やっと面会出来るまでに回復したアダムに余計な負担をかけたくなくて二人をまだ会わせるつもりはなかったんだけど、来てしまった以上はしょうがない。
まだお腹を触っているルナの手を振りほどいて、わたしはルナをぐいっとアダムの前に押し出した。
「アダム、彼はルナよ。……一応わたしの召喚獣なの」
「一応じゃなくて正式なリリスの召喚獣のルナだよ。よろしくね」
「…………召喚獣?」
ルナを紹介するとアダムはぽかんとして、次第に眉のシワが深くなってくる。
「…………」
「あの……アダム?」
心配になって声を掛ければ、アダムは頭を軽く振った。
「――いや、悪い。なんつーか混乱してて……。そのでかい羽根以外は人間にしか見えねーけど、確かに俺はこいつがあの化け物に手をかざして一瞬で消し去ったのを見たんだ。人間離れしてて、召喚獣って言われたら寧ろ納得っつーか……」
「アダム……?」
なんだかアダムの端切れが悪いのが気になるが、しかしあれだけの出来事に遭遇した後なのだ。わたしもそうだが、未だに今ここに居ることが現在という実感が湧かない。それだけあの時に体験した死の恐怖は凄まじかった。
やっぱりルナをまだ会わせるべきじゃなかったのだ。
これ以上長居すると更にアダムを混乱させかねない。
「とにかく元気そうな顔見れて安心したよ。今度はわたしだけで来るからまたゆっくり話そう? 今日のところはもう戻るね」
「お、おう」
軽く挨拶してルナの手を引く。
そしてドアの前まで来たところで、不意にアダムに呼び止められた。
「あ、そうだリリスお前、エルンスト様にはもう会ったのか?」
「兄様……? うん、午前中にお見舞いに来てくれたよ」
カッとして追い出したことは伏せて答えると、アダム「そうか」と頷く。
「じゃあたぶんその前だな。実は俺のとこにも午前中、エルンスト様が見舞いに来たんだ」
「……兄様が?」
先ほど会った時にはそんなこと一言も言ってなかったので、少し驚く。
「あの人……、俺に頭下げて礼を言ってきたんた。〝妹が生きてるのは君の勇気のお陰だって〟王国一の召喚士とまで言われてる人が俺にだぜ? ……なぁリリス、前にエルンスト様のこと兄妹って言われてもピンと来ないって言ってたけど、もう少しエルンスト様と向き合ってもいいんじゃね?」
「――……」
何も言えず黙り込んだ私を見て、アダムはハッとしてバツが悪そうな顔をする。
「あ、悪い……。余計なこと言っちまったな」
「う、ううん! まさか兄様がそんなこと言ってたなんて思いもしなかったから驚いただけ! 余計なことなんて思ってないよ!」
兄様がわたしの為に頭を下げていたなんて信じられない。ずっとわたしの存在なんて、兄様の頭の中の一番隅っこにしかないと思っていたから……。
さっき言ってしまった酷い言葉が脳裏に蘇る。
『今まで召喚獣を召喚出来なかったから疑う気持ちはわかりますが、ルナは正真正銘わたしが召喚したわたしの召喚獣です! 兄様にそれを認めるとか認めないとか言われる筋合いはありません!』
あんなことを言ってしまったわたしと、兄様はまた会ってくれるだろうか……?
そして、次に会った時にわたしは、ちゃんと兄様と向き合えるのだろうか――……。