夜を照らす月の光 2
考え込んでるとコンコンとノックの音がして、「はい」と返事をすると誰かが入ってきた。
肩まであるサラサラの金髪に澄んだ青い瞳の――って!
「リリス、怪我の状態はどうだ?」
「にっ、兄様!?」
ドアからひょっこりと顔を出した兄様に、わたしは驚いて目を見開く。
ど、どうして兄様がここに?
ベッドにだらしなく座っていた体が条件反射で飛び上がって、わたしは慌てて居住まいを正した。
「えっと、左脚はちょっと痛む程度です。随分良くなりました」
「そうか、……体調は?」
「お陰様ですっかり元気です!」
「そうか」
わたしがブンブン腕を振って元気アピールをすると、兄様がほっと安堵したような表情を見せる。
そうしてお見舞いだと言って、綺麗なピンクの薔薇のアレンジメントに、高級な果物詰め合わせ。更にはどこで入手したのか可愛らしいクマのぬいぐるみまで渡してきた。
まさか兄様からこんなにお見舞いの品を貰えるとは思わず目をぱちくりさせる。
「他にも何か欲しいものがあれば言いなさい。すぐに用意するから」
「ええ!? そんなもうこれだけ頂けたら十分ですよ! ありがとうございます!」
わたしがそう言ってお辞儀をすると、兄様がどこか寂しそうに「そうか……」と呟く。
それを見ていたらなんだか申し訳なくなってきて、ふとさっき考えていたことが口をついた。
「あ、だったらせっかくの良いお天気ですし、街に出かけたりしたいなぁなんて……」
「ダメだ」
「!」
鋭く一言で断られてしまって、失敗したとわたしは心の中で呟く。なんだかいつになく柔らかい雰囲気の兄様に、つい調子に乗ってしまった。妹とはいえ、ほぼ接点も無いのだから他人も同然。きっとわたしのおねだりを不快に思ったんだろう。
するとしょんぼりしているわたしをどう思ったのか、何故か兄様は慌てたように言葉を付け加えた。
「あ、いや……! ダメというのは、せめて後2日は安静にしてなさいという意味だ。その後なら街に出てもいい」
「え……?」
「それとウィルソン君の面会許可がようやく下りた。今日にでも会いに行ってくるといい」
「!! アダムの!? ありがとうございます兄様! 早速行ってみますね!」
アダムに会えると聞いて、わたしの沈んだ気分も一気に上昇する。
先の卒業テストでアダムはわたし以上に背中に重い怪我を負った。医務室を経由せずすぐさま診療所に運ばれてからはずっと面会謝絶で、心配でたまらなかったのだ。
途端にウキウキし出すわたしを見て、ずっと兄様とのやり取りを黙って見てたルナは不機嫌そうな顔で兄様を見た。
「あーあ。いいの? 目に入れても痛くない妹に余計な虫がついても」
「……なんのことだ? 私はただリリスがウィルソン君のことで気に病んでほしくないだけだ」
「ふーん?」
ルナが兄様を嘲るように笑えば、兄様は元々表情が変わらない顔を益々固くして答える。
あれ? というか――……。
「もしかして二人って知り合いなんですか? なんか仲良い……」
「「違う(よ)」」
間髪いれず否定される。てかハモったし。
「……卒業テストの時に少し顔を合わせただけだ。私はそいつの名すら知らん」
「名前知りたきゃまず自分が名乗るのが常識でしょ。名乗りもしない無礼者に名乗る名は無いよ」
ゴゴゴゴゴゴ……と効果音がつきそうな感じで二人は睨み合う。
なんで急に一触触発な空気に!? わたしは慌てて止めに入る。
「ちょっと待って! じゃあわたしが紹介するから! ルナ、こちらはわたしの兄様、エルンスト・アリスタルフよ。そして兄様、彼がわたしの召喚獣のルナです」
とりあえず早口で紹介すると、兄様はルナの真っ白な羽根をじっと見てぼそりと呟いた。
「……リリスに対してルナ……か」
その声色がゾッとする程冷たく感じ、わたしの肩がビクリと揺れる。
兄様はルナと向かい合い、更に言葉を続けた。
「お前がどんな意図でリリスに近づいたのかは知らないが、私はお前をリリスの召喚獣とは認めていない」
「…………!!」
その言葉にわたしは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。
それはわたしがルナを召喚したとは認めず、才能の無い落ちこぼれのわたしにはルナのような強い召喚獣は不釣り合いだと思ってるってこと……?
浮上していた気持ちがまた一気に奈落へと落とされたような心地がして、体が勝手に震えだす。
「別にリリスの兄に認めて貰う必要も無いし」
「そうですよ」
「リリス?」
ルナの悪態を窘めず、わたしが同意したので兄様が驚いた顔をする。
でもそんなの気にしていられなかった。
「今まで召喚獣を召喚出来なかったから疑う気持ちはわかりますが、ルナは正真正銘わたしが召喚したわたしの召喚獣です! 兄様にそれを認めるとか認めないとか言われる筋合いはありません!」
「いや、今のはそういう意味では……。だが、そうだな。今日のところは帰ろう」
わたしの剣幕に兄様はふうっと息を吐いてドアに手をかける。
「……ああ、ひとつ肝心なことを言い忘れていた。リリス、卒業テストではよく頑張ったな。合格を掴み取ったのはお前自身の力だ。誇っていい、合格おめでとう」
「あ……」
パタンとドアが静かに閉まる音が妙に耳に響く。
ついカッとなって折角お見舞いに来てくれたのに、勢いに任せて酷いことを言ってしまった。今更に罪悪感がじわじわと湧いてくる。
「……リリスって意外と天然なんだね」
困ったように言ったルナの言葉の意味はよく分からなかった。