夜を照らす月の光 1
「あー、診療所だとすることなくて退屈ぅー!」
ベッドの上で大きく伸びをすると、包帯でぐるぐる巻きになっている左脚が視界に入ってわたしは溜息をついた。
――あの悪夢の卒業テストからもう今日で一週間。
左脚を負傷したわたしは学園内にある医務室へと運び込まれ、同じく学園内にある診療所に場所を移された現在も療養生活を余儀なくされている。
もう他の生徒はとっくに春休みに突入したというのになぁ……。
「ううう……。せっかく高等部に進学出来ることになったのに、一日中ベッドの上だなんて不幸過ぎる! 合格のご褒美に街に出て新しい服買いたい、甘いもの食べたい……!」
窓から覗く綺麗な青空を見上げてわたしはまた大きな溜息をつく。
実はテスト中にあんなとんでもない事件が起きたものの、わたしは無事に卒業テストを合格となった。
そのことを伝えてくれたのは、数日前に診療所を訪れた学園長である。
「合格おめでとう、アリスタルフ嬢。そして召喚獣の召喚、本当にめでたい」
学園長は金茶色の長い髭を撫で、そう言って嬉しそうに笑っていた。
――そう、あの時はとにかくアダムを助けたい一心で、後のことなんて何も考えていなかったけれど、
「んー。甘いものはないけど、りんごならあるよ。食べる? リリス」
ベッドの横にある椅子に腰掛けた白い髪の少年が、わたしにつやつやのりんごを見せてニコリと笑う。
――わたしは召喚してしまったのだ、この羽根の生えた美しい少年を。
「食べる……」
わたしがそう答えると、羽根の生えた少年――ルナはオッケーと言いながら、皿に乗せたりんごに向けて軽く人差し指を振る。するとりんごは見事に一瞬でパカンと綺麗に6等分へと切り分けられた。
「はい、どうぞ」
「……あ、ありがとう」
一緒にフォークも受け取って、渡されたりんごをもそもそと食べる。
ルナの魔法は不思議だ。
学園で習ったどの魔法にも当てはまらない。
そもそもあの二つ頭の化け物をルナが一瞬で倒したと学園長から聞いた時も信じられなかった。だってあんな悍ましい程に圧倒的な魔力を纏った、文字通りの化け物だったのだ。確かにルナは自分のことを強いと言っていたが、聞いた話が事実ならば強いなんて言葉じゃ片付かない。
いっそ、全てを超越した存在と言った方が相応しいような――……。
「…………」
りんごを齧りながら横目でルナを見れば、ニコニコとわたしが食べるのを見ていた。そのじっとした視線が落ち着かず、なんだかソワソワしてしまう。
「……何? そんなに見られると食べ辛いんだけど」
「んー? 美味しいのかなぁ……って」
「? ただのりんごだもの、もちろん美味しいわよ」
わたしが答えると何が嬉しいのか、ルナは「そっか、そっか」と、より笑みを深くする。その態度はよく分からないが、こうして話しているだけだと普通の男の子にしか見えない。
しかし彼の背に生える大きな純白の羽根が、彼は人間ではないのだとわたしに突きつける。
卒業テストは散々ではあったが、結果だけ見れば退学を免れて、召喚獣も手に入れた。
もっと喜んでいいのに、ずっとずっと念願だったことがようやく叶った筈なのに。
なんで今、こんなに胸騒ぎがするんだろう――……。