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卒業テストは一筋縄ではない 7

※後半三人称



「グオォォォォォォォオ!!!!!」


「――――っ!」



 ビリビリと、地鳴りのような雄叫びだけで激しい衝撃波が巻き起こる。

 それを持ち前の身軽さでなんとか躱すが、このままの状況が続けば、体力はすぐに限界を迎えるだろう。


 攻撃出来ないかと短剣で切るつけることも試みてみたが、魔獣の体を包む禍々しい濃い紫の魔力に阻まれて、一筋の傷すら付けられなかった。



「はぁ……はぁ……」



 なんとか態勢を立て直し、荒い呼吸を整える。

 攻撃が効かないのなら、せめて兄様が結界を壊すまでの有効な時間稼ぎの方法を考えなければ。


 何か、手立ては――……。



『また今日みたいに君が呼んでよ。そしたら僕はいつでも君のところに駆けつけてあげる』



 ――不意に今まですっかり忘れていた、あの白い羽根を生やした綺麗な男の子の言葉がわたしの脳裏を掠めた。


 そうだ。あのルナと名乗った自称召喚獣は、自分のことを凄く強いと言っていた。もしかしたらこの状況だってなんとかしてくれるかも知れない。


 命の危機が間近に迫り、思考が上手く回らないからだろうか? 考えれば考える程、ルナの残した甘言に流されそうになる。



 呼べばいい。呼ぶだけで……。



「……っ!」



 唇を強く噛みしめて、安易な自分を戒める。


 呼ばない。と、決めたではないか。

 だってあの日あの時、わたしは恐怖したのだ。



 ルナの誘いに乗れば世界が変わることを――――。



「グオォォォォォォォオ!!!!!」


「っ……!!」



 また激しい衝撃波が巻き起こる。

 それをなんとか避け、そして――。


 ガッ!! と、鈍い嫌な音がコロッセオに響く。



「う…………、いた……」


「グオォォォォォォォオ!!!!!」



 わたしは打撃を受けた左脚を庇い、なんとか逃げようと地面を這いつくばる。

 化け物を見ればまたおぞましい雄叫びを上げて、こちらへと地響きを鳴らして迫って来ていた。……二つ頭のそれぞれの口から、強力な魔力を(ほとばし)らせて。


 まさか……この至近距離で魔法を放つつもり!? あんな強い魔力、モロに受けたら……!!


 まず間違いなく耐えきれず、体は文字通り塵も残らす消滅するだろう。

 明確に死を予感し、抑えても抑えても体の震えが止まらない。

 もう化け物は目と鼻の先に迫る。

 逃げたくても左脚が動かない。



 兄様……誰か……。



 死を覚悟してぎゅっと目を瞑った、


 ――その時。



「グォォ!!」



 突然化け物が怯んだ声を出した。

 それに反応して目を開き、視界に真っ先に飛び込んで来たのは……。



「リリスーーーーッ!!!」



 ――いつも横にいた、今一番会いたかった人物。



「アダム!!」



 結界があるのにどうやってここまで来たのか、はぁはぁと息を切らして、ピグくんを肩に乗せたアダムが私の元へと走ってくる。

 どうやらピグくんが魔法を化け物に放って足止めしてくれたようだ。剣は効かないが、魔法は有効だったらしい。



「アダム! どうやってここに!?」


「エルンスト様が結界を壊したんだ! とにかく観覧席まで走るぞ!!」



 アダムの姿を見たら一気に安心して、涙が出そうになるのをなんとか堪えて頷く。

 そしてアダムが左脚が動かないわたしに肩を貸そうと屈んだ瞬間、その背後から恐ろしく鋭い爪が振りかぶられるのを見た。



「アダムッッ――――」



 わたしの悲鳴とアダムとピグくんが吹っ飛んでいくのは同時だった。



「アダムッ!! ピグくんッ!!」



 わたしの叫びに何の反応もなく、まるで人形のようにダランと転がるアダムの背には鋭い爪跡があり、血がどんどんと溢れている。



「あ、あ……」



 目の前が真っ暗になっていく。

 どうして? どうして、こんなことに?

 化け物は標的をアダムに変えたのか、わたしに背を向けてアダムへと近づいていく。



「イヤッ……、イヤッ、ダメッ! アダムを殺さないで……!」



 弱々しいわたしの静止など意に返さず、化け物がまた二つ頭のそれぞれの口から強力な魔力を迸らせ、アダム目掛けて魔法を放つ。



「イヤーーーー!! ルナッ、ルナッ、お願い来て……!! アダムを助けてっ……!!!」



 無我夢中で叫んだ瞬間、眩しいくらいの光がコロッセオを包み、わたしは意識を失った。



 * * *



「グルルルル……」



 醜悪な二つの犬の頭をもつ化け物は先ほどまでの勢いとは打って変わって、岩のように動かない。

 黒光りする長い尾は垂れ下がり、その鳴き声には恐れが混じる。



「――ふふっ、やっと呼んでくれたね、リリス。まあ、男を助ける為にっていうのはちょっと癪だけど、リリスは優しいもんね」



 場違いなほど軽やかな少年の声が響き、光は徐々に収束していく。

 少年は腕の中で気を失った少女を抱えて白の衣を翻し、純白の美しい羽根を殊更ゆっくりと広げてみせる。



「――さてと」



 ジャリッと少年の足が一歩踏み出せば、化け物は逃げ出そうとするようにもがく。

 しかし、化け物は動かない。――否、動けない。


 それを見て少年はうっそりと笑う。



「これが君の意思(・・・・)じゃないことも分かってるから、可哀想ではあるけれど――」



 化け物に見せつけるように横抱きにした少女の頬を指で撫で、少年は可愛らしく小首を傾げて言う。



「僕のリリスを傷つけたんだし、仕方ないよね」




=卒業テストは一筋縄ではない・了=



次回『神の御使い』

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