リリスとルナの夏休み 17
翌日。
朝と言うにはだいぶ日も高く上がった頃に、わたしはようやく身支度して食堂に向かった。
「うふふ、今日はいつもよりお寝坊ですね。昨日は色々ありましたし、ゆっくり休まれたようで安心致しました」
「う、うん……。まぁね」
席に着くなり手早く朝食の準備を整えてくれるマリアにお礼を言って、温かいオニオンスープを一口飲む。体に染みわたるような優しい温かさにホッと息をつくと、それを見計らったようにマリアが「お嬢さま」とわたしを呼んだ。
「ん?」
「旦那様は今朝早々に朝食を終えられて、今日のお祭りの準備に町へ出掛けて行きましたよ」
「そっか、父様も帰ってきたばかりなのに忙しいね。仕方ないけど」
「ふふ、お嬢さまとお食事が出来なくて寂しそうでしたよ。明日は是非ご一緒に朝食をとって差し上げてください」
「……まだ緊張するけど。……うん、そうする」
ふんわりとバター香るオムレツを頬張りモゴモゴとそう呟けば、マリアがクスクスとおかしそうに笑う。女神の力など無くてもわたしの心中などなんでもお見通しの様子に、やっぱり叶わないなぁと内心苦笑する。
そしてシェフ渾身の美味しい朝食を味わい、「ごちそうさま」と手を合わせたところで、ここにある人物がいないことにはたと気づいた。
「あれっ? そういえばルナは? もう客室に居なかったから、てっきり食堂かと思ったんだけど……」
「ああ」
目の前で食後の紅茶を淹れているマリアが目線をわたしに向ける。
「ルナ様なら今は侍従達と衣裳部屋にいらっしゃいますよ」
「? 衣装部屋? なんで??」
思ってもいなかった場所を挙げられてわたしが目を丸くすると、マリアが何か含みある表情で「ふふふ」と笑った。
「実は奥様がルナ様に着てほしいと準備していた衣装があるのですよ。もちろんお嬢さまにもご用意していますよ。私がお手伝いしますから、ルナ様が終わり次第お嬢さまもお着替え致しましょう」
「え……」
母様が?? それってどんな衣装?
そうマリアに問おうとした瞬間、突然バンッ! と食堂の扉が開け放たれ、何かがこちらに勢いよく飛び込んできたのだ。
「リリスーーーーっ!!!」
「ルナ!!?」
噂をすればだろうか? 今まさに話の渦中の人物が飛び込んできて、わたしはなんとかその体を抱きとめる。そしてその行動を少し咎めようと視線を合わせ、常とは違うルナの姿にわたしは息を呑んだ。
「ほらほら見て、これ〝ユカタ〟って言うんだって! 似合ってる? カッコいい!?」
「〝ユカタ〟……?」
初めて聞く単語だが、確かに今ルナは見たことのない不思議な服を着ている。紺地に灰色で縞の入った長細い服の上から腰に灰色の布で締めた姿をしていたのだ。どのように着ているのか興味が湧くが、それ以上にその姿はいつもの美しさにプラスしてなんだか色っぽさまで感じるような気がして、ついついポーッと見惚れてしまう。
「う、うん。すごい似合ってるよ。……カッコいい」
ルナの問いにコクコクと頷きじっとその姿を見つめていると、そんなわたしを現実に戻すようにマリアがゴホンとひとつ咳払いした。
「全くルナ様、貴方という人は……。お嬢さまのお食事中にいきなり飛び込んでくる人がありますか。……まぁお嬢さまももう食後の紅茶どころではないでしょうし、お嬢さまもお着替えを致しましょうか」
「え……」
そう言ってマリアが一旦食堂から退出したかと思うと、次には高級そうな箱を持って現れた。
なんだろう? と首を傾げると、わたし達の目の前でスッとその箱が開かれる。
「わぁっ……! 可愛い!!」
中から出てきたのは、白い〝ユカタ〟だった。一緒に紺色の長い布も入っている。広げてみれば白地に青いバラが丁寧に描かれていて、驚くほど美しい。
「とても可愛くて綺麗だけど……。この〝ユカタ〟って、どこの服なの? どうして母様が?」
「ユカタは東の国発祥の衣装です。かの国ではお祭りの際に好まれて着られているらしいですよ。旦那様の知り合いに東の国出身の方がいらっしゃって、その方から奥様が取り寄せられたらしいです。実は今日のお祭りのアイデアもその方から頂いたのだそうですよ」
「へぇ、そうなんだ……」
確かに東の国では魔法王国ラーとは全く違う独自の文化が息づいていると聞く。以前は交流もなかった筈が、まさかうちの領地と繋がりがあるとは思わなかった。
〝ユカタ〟か……。
自分がこれを着た姿など想像もつかないが、この青いバラはとても気に入った。
早く着てみたいなと思っていると、マリアが張り切ったように腕まくりをする。
「ふふふ、お気に召されてよかったです。ではではお嬢さま! このマリアが最っ高に可愛く仕上げますので、早速着てみましょう! さあ、さあ!!」
「え。う、うん……」
「あぁーリリスのユカタ楽しみだなぁ。すっごく可愛いんだろうなぁ」
「そんなに期待されると自信ないんだけど……」
「何を言いますかっ!! 元々可愛いお嬢さまに更にこの私の手が加わるのですから、可愛くならない訳がありませんっっ!!!」
「う、うん、そうだよね! なんたってマリアが仕上げてくれるんだもんね!」
恥ずかしくなるようなことを真顔で力説され、なんとも言えずにコクコクと頷いていると、満足したようにマリアが微笑む。
「ふふ、お分かり頂けたらよろしいのです。では参りましょうか」
「いってらっしゃーい」
――こうしてルナに見送られ、わたしはマリアに引っ張られるようにして衣裳部屋へと向かったのだった。