リリスとルナの夏休み 15
「……父様、わたしの話を聞いて頂けませんか?」
「…………ああ」
静かにそう言うと、ようやく父様はこちらを振り返ってわたしを見た。そのまま窓際から移動して、ソファーに座る。
その表情はどこか緊張しているようにも見えて、なんとなく不思議だ。しかしちゃんと聞いてくれるつもりみたいで、その様子にほっとしてわたしは口を開いた。
「わたしは……、ずっと父様と母様に愛されていないと思ってきました。だから召喚獣を兄様みたいに召喚出来たら、きっとわたしも兄様みたいに愛されるって――、ずっとずっとそれだけを心の支えにして励んできました。……結果は全く伴いませんでしたが」
「そうか……」
わたしの言葉に父様はもの悲しげな顔をする。
だからわたしは「――ですが」と強い否定の言葉を使った。
「?」
「ルナと出会って、わたしは変わることが出来ました」
「…………ルナ」
ポツリと呟いて、そこで初めて父様は視線をわたしの隣に座るルナへ向けた。
「リリスの召喚獣か。……今は失われた〝天使〟の生き残りなのだったな」
「はい。わたしはルナと出会ってから、様々なことを知り、経験しました。その中で泣いたことも、理不尽に思うこともありました」
「…………」
「でもそれがなかったら、ずっと他人のようだった兄様と仲良くはなれなかったでしょうし、ずっと躊躇していた帰郷もしようとも思わなかったでしょう。……だから、父様」
言葉を切り、わたしは父様を見つめて小さく息を吸う。
「もう、神託に囚われないで。わたしを――ただの貴方の娘の、〝リリス・アリスタルフ〟を見てください」
「…………!」
父様の目が大きく見開き、そしてそれを隠すように手のひらで顔を覆った。
「……そうか。エルンストの言う通り、私はずっと見誤っていたのか。リリスは決して弱くない。ショックを受けるだろうとお前には決して神託のことを話さなかったが、いつの間にかそれすらも受け入れて、お前は前に進んでいる。いつまでも止まったままの私とは大違いだ」
「父様……」
「――そして。リリスをそんな風に強くしたのは、君なんだね?」
手を下ろし、父様がルナを見る。
そんな父様に、ルナはくすりと笑って首を振った。
「僕がリリスを強くした……は疑問かな? 元々リリスはとても心が強かった。寧ろ弱気になってた僕を引っ張り上げてくれたのはリリスだ。リリスはーー僕にとって何よりも大切な……、〝誇り〟なんだよ」
「ルナ……」
「……そうか」
父様はルナの言葉を噛み締めるようにして頷いて、そして改まったように姿勢を正した。
「ルナ……。君のことはエルンストからよく聞いている。先の魔法学園での事件の際には、リリスを守ってくれて感謝する。……恐らくリリスが女神の生まれ変わりであると知れ渡った以上、これからも危険は付きまとうだろう。今更父親ヅラなどする資格はないが、だがこれだけは君に頼みたい。どうかリリスをーー私の大事な娘を、守ってくれ」
「父様……」
ルナに頭を下げる父様に、思わず涙腺が緩む。
ずっと父様の心が分からなかった。
だけど今は違う。
こんなにも温かい。
そしてーー、
「もちろん。言われなくとも、リリスは僕が絶対に守り抜く」
そういつもの調子で父様に返すルナが、なによりも眩しく感じた。
* * *
「あ、お嬢さま。ルナ様」
「マリア……」
父様と話し終わった後、パタリと扉を閉じてルナと廊下をぼんやりと歩いていると、青いバラ入れたカゴを抱えたマリアとちょうど出くわした。
「どうでした? 旦那様とは、きちんとお話出来ましたか?」
「うん……。ずっと思ってたこと、聞きたかったこと、ちゃんと全部話せたよ。怖かったけど、逃げずに向き合ってよかった」
「そうでしょうね。今のお嬢さま、とてもスッキリした顔をなさっておりますもの」
そう言ってマリアが、ふふっと笑う。
指摘されるまで自分では気づかなかったが、確かに今のわたしはすごくスッキリしている。長年の靄がようやく晴れたような、そんな気持ち。
だからだろうか?
マリアが持つ青いバラを見て、とっさに声が出たのは。
「ねぇ、マリア――……」
十年止まっていた時がまた動き出すのは、きっともう間もなく。