リリスとルナの夏休み 11
「クーン! クーン!」
「――――っ」
実は人魚だというピンクのイルカに導かれ、森の最奥に足を踏み入れたわたしとルナは、目の前に広がる光景に顔をしかめた。
「わ」
「なにこれ……酷い」
昨日来た時はほんの入り口で引き返したので気がつかなかったが、湖から森の最奥まで繋がっている川の源泉はどんよりと濁り、食べ物や飲み物の包み紙などのゴミがところどころに浮いていたのだ。
『お待ちしていました』
「!」
散乱するゴミに気を取られていた耳に、先ほど聞こえた女性の声が響いて、わたしはハッと顔を上げる。
すると前方にはピンクのふんわりとウェーブした髪に虹色の瞳をした女性が源泉の岩場に腰掛けており、その足は人間とは違って虹色の鱗に覆われた大きなヒレをしていた。
「……人魚」
ぼそりとした隣のルナの呟きに、わたしは昨日の話を思い出す。
『しかもこれはかなり珍しい魔獣だよ。深い水底を住処にする、上半身は人型で下半身は魚のヒレになっている魔獣。滅多に人前に姿は現さないみたいだけど、偶然目撃した人間からは〝人魚〟なんて、呼ばれているらしいね』
上半身は人型で下半身は魚のヒレになっている魔獣。
まさしく彼女の姿と合致する。
――彼女こそが、〝人魚〟なのだ。
そして……。
「クーン!!」
『坊や! よかった……』
ぷわぷわと浮かんでいた水のボールごとピンクのイルカが人魚の女性に飛びつき、女性はすぐさまその子を抱きとめ、愛おしそうに微笑んだ。
魔獣に子どもが生まれるのかは分からないけど、でもきっと彼女はこの子の〝母親〟なのだとその様子を見て直感する。
「クーン、クーン!」
『ええ、分かっているわ』
何かを女性に向かって一生懸命訴えているピンクのイルカに頷いて、女性はわたし達の方に顔を向けた。
『ワタシが貴女方をお呼びした理由は二つあります。……一つはこの子を助けてくれたお礼を言う為。ワタシは坊やが人間に連れ去られたと思い込み、我を忘れて暴走してしまいました。実際は怪我をし、意識を失っていたこの子を保護してくださったのですね。助けてくれたというのに、貴女には酷いことをしました。ごめんなさい』
人魚は悲しげな表情でイルカが入った水のボールを抱えたままこちらに頭を下げるので、わたしは慌てた。
「そんなっ、謝らないで! 急に自分の子が居なくなったら、我を忘れるのは当たり前だよ! わたしこそ、勝手に貴女の子を連れて行ってしまってごめんなさい!!」
わたしがそう言って彼女と同じように頭を下げると、女性はふふっと微笑む。
『貴女は優しいのですね。貴女のような人が女神リリスの生まれ変わりで、本当によかった。それに隣にいるのは熾天使ルナでしょうか? ……懐かしい。微かではありますが、〝神の楽園〟を思い出します』
「え……、ええっ!!?」
聞き捨てならない言葉に、わたしは慌てて隣に立つルナを振り返った。
「リリス?」
「ルルル、ルナ!! 彼女、ルナが熾天使だって知ってるって!! しかも神の楽園やわたしのことも……!!」
「へぇー? 記憶が残るってことは、彼女は元はなかなか高位の天使だったのかも知れないね。名前が分かれば、彼女の階級も分かりそうだけど……」
ルナの呟きに、女性はしゅんと肩を落とした。
『すみません、名はとうの昔に忘却してしまいました。ワタシ達は召喚獣とは違い、名を呼ばれることはありませんから……』
「そっか……」
覚えてないのはちょっぴり残念だが、でもイシュタル以外にもルナのことを覚えている元天使が存在していたのはすごく嬉しい。
こんな状況での出会いではあるが、やっぱり思い切って故郷に帰ってみて、本当によかったと思う。