表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/131

リリスとルナの夏休み 9



 三日目の朝。

 用意された朝食を食べながら、わたしは目の前をプワプワ浮いている水で出来たボールを眺める。



「ルナ……、この子全然起きないね」



 ボールの中にいる、昨日保護したピンクのイルカの姿をした魔獣は、まだ目覚めない。

 わたしが不安な気持ちで向かいの席に座るルナを見ると、ルナもまたボールを見て「うーん」と首を捻った。



「多分……魔力がかなり枯渇しているから、眠ることで失った魔力を取り戻そうとしているのかも知れない」


「それってピグくんの時みたいな? 魔獣も体内の魔力が尽きると地上で実態が保てなくなるの?」


「そうなるね。根本的に召喚獣と魔獣は同じ存在だから」


「ふーん……」



 わたしがルナの言葉に納得して頷くと、横からそっと淹れたての紅茶が置かれた。



「まあまあ。悩むのはそこまでにして、紅茶でもお飲みになって少し休んでくださいな。お嬢さま達は本来ここにはゆっくりなさる為に来られたのですから。この子もきっと、いつの間にかひょっこり起きてますよ」


「マリア……。うん、そうだね」



 暖かい紅茶を一口飲んで、ホッと息をつく。


 確かにマリアの言う通り、心配し過ぎるのもよくないかも知れない。ピグくんと違って、まだこの子は消えていないのだ。魔力が回復すればちゃんと目覚める。

 今日は少し休んだら、今度こそルナの追跡魔法が示した先に行ってみよう。



「あ。そういえばマリア、父様は今日の何時ごろに帰って来るの?」


「そうですね……。午前中にはと聞いていましたので、そろそろかと――」



 そうマリアが言うのと同時に、なにやらエントランスホールの方からバタバタと騒がしい声が聞こえてきた。



「? 何でしょう、騒がしいですね」


「うん」



 もしかして噂をすればだろうか? そうマリアと顔を見合わせた瞬間、バンッ!! と勢いよく扉が開かれ、一人の侍女が息を切らせながら食堂へと入ってきた。



「お嬢さま方、マリアさん! 大変です!!」



 はぁはぁと苦しそうに話す侍女に、マリアは目を吊り上げる。



「こらっ!! お嬢さま達のお食事中にはしたないわよ!」


「すみません! でもっ、湖の方が大変なんです……!!」


「大変って……、何かあったの?」



 その尋常ではない様子にわたしが訊ねれば、侍女は焦ったようにして叫んだ。



「突然湖から竜巻のようなものが発生して、しかもどんどん巨大化しているんです……!!!」


「ええっ!?」



 その言葉に弾かれたようにわたし達が屋敷の外に出れば、既に多くの使用人が集まっており、確かにここからでも湖の方から巨大な竜巻が発生しているのが見えた。



「わっ!! 何あれ!? 晴れてるのに竜巻!!?」


「いや、この気配……。魔獣が暴れているのかも知れない」


「えっ!?」



 ルナの言葉にわたしはギョッとする。

 湖の周辺には多くの人が住んでおり、しかもお祭り前ということで今は観光に訪れている人も多い。

 そんな状況でこのまま竜巻が巨大化し続けて、町にまで及んでしまえば……。



「…………っ」



 頭を過ぎった最悪の事態にゾッと背筋に冷たいものが走り、わたしは首を振った。



「そんなことさせない! 魔獣が原因なら絶対に止めないと……! マリアは屋敷のみんなと手分けして、領民や観光客を湖付近から避難させてちょうだい! わたしはこのままルナと一緒に湖に行くわ!」


「かしこまりました。お嬢さま……、くれぐれもお気をつけください」



 ぎゅうっとわたしの両手を取って握りしめるマリアにわたしは頷いて微笑む。



「大丈夫。今のわたしは一人じゃないもの、ルナがいる。だから心配しないで。絶対に戻って来るから」


「ええ、そうでしたね。ルナ様、お嬢さまをよろしくお願いします」


「もちろん、リリスは絶対に僕が守るよ」



 当然といった表情のルナに、マリアが心からホッとしたように笑う。



「お嬢さま、ご無事で!」


「お気をつけて!」


「うん! みんなもくれぐれも気をつけて!」



 ――こうしてわたしとルナはマリア達に見送られ、湖へと飛び立ったのだ。



 * * *



「わ……」


「こんな……酷い……」



 湖近くに着地すれば、あまりの惨状にわたし達は言葉を失った。

 明日の祭りの為、既に早朝から大勢の人々が準備をしていたらしい。

 出店も飾りのぼんぼりも竜巻によって引き起こされた突風で全てボロボロにされ、人々はあちこちに逃げ惑っている。



「こらぁーー!! お前ら好き勝手に動くなぁ!! 死にたくなかったら慎重に動けーー!!!」


「!! この声は……!」



 出店の方から聞き覚えのある野太く豪快な声がして、そちらに向かえば声の主がわたし達を見て驚いた声を上げる。



「あっ!? リリスお嬢さんと兄ちゃんじゃねーか! なんでこんなとこに!? ここは危ねぇから屋敷に早く戻りな!!」


「漁師さん!」



 昨日も船着き場で聞き込みの協力をしてくれたあの漁師さんが、慌ててこちらに駆け寄ってくる。



「わたし達は騒ぎを聞いて来たんです! 皆さん無事ですか!?」


「あ、ああ……。無事は無事だ。用意してたもんは全部壊されちまったけどな。祭りの準備をしてたらいきなり湖からドーンッ! って音がして、そしたら巨大な竜巻が巻き起こってあっという間にこの有様さ……って、うお!?」



 漁師さんが話している間にもまたドーンッ! と湖から音がして、竜巻の勢いが増す。



「とっ、とにかくここは危険だ!! お嬢さんに何かあったら、領主様やエルンスト様に申し訳が立たねぇ!! 早く逃げ……って、お嬢さん!?」



 制止する漁師さんの横をすり抜けてわたしは湖の前に立ち、そして振り返って笑った。



「ごめんなさい、心配させてしまって。でも大丈夫です。わたしはリリス・アリスタルフ。この地を治める領主ハイネ・アリスタルフの娘。漁師さん達が頑張っているのにわたしだけ逃げたら、それこそ父様や兄様に申し訳が立たないです」


「……お、お嬢さん」


「まぁ僕がついてるし、リリスには無茶はさせないから安心してよ」



 胸を張ったわたしの横でルナがくすりと笑う。

 ポカンとしている漁師さんにぺこりとお辞儀をして、わたしはルナに向き直る。



「――行こう、ルナ」


「うん」



 差し出されるその手を取って、わたしはルナにふわりと抱き上げられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ