リリスとルナの夏休み 7
「「え……?」」
コロンと地面に転がる小さなピンクのイルカのような姿の生き物に、わたしとルナは目を瞬かせる。
「え、可愛い……けど、この子生き物?? イルカのぬいぐるみ……じゃないよね?」
恐る恐るピンクの生き物に顔を近づけて、その様子を覗き込む。
すると瞳は閉じられて一見するとぬいぐるみにしか見えないが、微かに「クー……」と呼吸音が聞こえた。
「これは……、恐らく魔獣だね」
「まっ、魔獣!?」
予想外の言葉にわたしはギョッと目を見開く。
「で、でも魔獣って言ったら、もっと凶暴で厳つい姿をしているイメージだよ! こんな可愛いぬいぐるみみたいな子が魔獣だなんて……」
「魔獣だって、元は僕と同じ天使だからね。確かに夜の魔女に知性を与えられたことによって邪悪な見た目をした者が大半だろうけど、そうはならなかった者がいてもおかしくない」
「元天使……。そっか、そうだったね」
わたしは自分の身の内に今もある存在を思い、そっと胸に手を当てる。
元は遥か天にある神の楽園に住まっていた天使達は、ある日夜の魔女に襲われ、その身を〝人間〟と〝力〟のふたつに引き裂かれてしまった。
引き裂かれた力のほとんどは女神リリスによって取り戻され、彼女のよって知性を与えられたことで召喚獣として今に至るが、少なからず夜の魔女の手元に残った存在がいた。
――それが、
「魔獣……」
「しかもこれはかなり珍しい魔獣だよ。深い水底を住処にする、上半身は人型で下半身は魚のヒレになっている魔獣。滅多に人前に姿は現さないみたいだけど、偶然目撃した人間からは〝人魚〟なんて、呼ばれているらしいね」
「人魚?? そういえばそういう魔獣がいるの、授業で聞いたことある。でも……」
ルナの説明に納得するが、しかしひとつ気になることがあった。
「どうしてルナはこの子が人魚だって分かったの? どう見ても上半身は人型じゃないし、見た目はまんまピンクのイルカだよ?」
「その魔獣のヒレをよく見てみなよ。イルカと違って、虹色に光る鱗が生えているでしょ?」
「え?」
言われてヒレをじっくりと観察すれば、確かにキラキラと鱗が虹色に輝いている。
「ルナが使った追跡魔法の光となんだか似てるね」
「うん、つまりその鱗には魔力が含まれてるっていうこと。これは普通の動物では有り得ない。そしてヒレに生える鱗が虹色なのは人魚の証。……まぁイルカの見た目した人魚なんて僕も聞いたことはないから、この人魚は突然変異体なのかも知れないけどね」
「突然変異体……」
その言葉に胸がギュッと掴まれたように苦しくなるのを感じる。
本来ならば深い水底に住んでいる筈が、こんな誰もいない地上にたった一匹、転がっているだなんて……。
なんだかこの子の姿が、かつて落ちこぼれと言われていたわたしの姿と重なって見える。
「……っ!」
そう考えながらそっと手を伸ばして、わたしはギクリとした。
抱き上げてみると、もっちりとした柔らかいピンク色の皮膚にいくつも小さな傷があり、血も滲んでいたのだ。
「大変っ! 早く手当してあげないと! ルナ、虹色の光がこの先どこまで繋がっているかは分かりそう?」
「うーん、どうやらこの森の入り口付近までで光は消えているね。手掛かりを掴むにはこの奥に進むしかなさそうだけど、どうしよう?」
「とりあえず、まずはこの子の手当を優先しよう! 屋敷に戻れば、治癒魔法の使えるマリアの召喚獣がいるし!」
「分かった」
こうしてわたし達はピンクのイルカの姿をした人魚を保護し、屋敷へと連れ帰った。
この行為がのちに大事件へと発展するなど、露ほども思わずに――……。