リリスとルナの夏休み 6
滞在二日目の朝。
朝食を済ませたわたしとルナは昨日マリアに告げた通り、頻発する漁船トラブルの調査を行うことにした。
――が、しかし。
「うーん……」
「今のところおかしな様子の船はないようだね」
「うん……」
まずは漁船を確認しようと船着き場に向かったのだが、特にトラブルに困っている様子もなく、船はゆっくりと発進していく。
「漁師さん達にできれば聞き込みしたいけど、さすがに忙しそうだしなぁ……」
「お、リリスお嬢さんと兄ちゃんじゃねぇか!」
「!!」
慌ただしく船着き場を動き回る漁師さん達を見ていると、後ろから野太く豪快な声がして、振り向けば昨日の漁師さんが立っていた。
「漁師さん!」
「どうしたんだ、こんな朝っぱらから? さすがにまだ屋台も出てねぇし、観光客だっていないぞ。朝の散歩か?」
「いえ、散歩じゃないんです。実はわたし達、昨日の船の件について原因を調査していて……。あ、漁師さんは怪しい人物や召喚獣とかを見た覚えはないですか?」
話しかけられてこれ幸いと、わたしは漁師さんに尋ねる。
すると漁師さんは目を丸くして驚いた表情をした。
「ほぉ! 原因を突き止めてくれんなら、そんな有難いことはねぇ! しかし怪しい人物や召喚獣ねぇ……。この辺も昔と違って観光客も増えて見知らぬ顔を見るのも日常茶飯事だしなぁ。それでもおかしな奴がいればすぐに分かるが、俺はをそんな奴を見た記憶はないな」
「そうですか……」
「ちょっと待ってな。他の漁師にも聞いてみるから」
「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ。お嬢さん達には昨日世話になったからな」
そう豪快に笑って漁師さんが他の漁師仲間達にも怪しい奴について聞いて回ってくれる。
しかし誰も怪しい人間や召喚獣を見たと言う人はなく、結局手掛かりになりそうな情報は何ひとつ得られなかったのだ――。
* * *
「……力になれずすまねぇな、お嬢さん。せっかく俺らの為に動いてくれてんのに」
「いいえ、とんでもないです! わたし達の代わりに聞き込みしてくれて助かりました! お時間取らせてしまってすみません、もうお仕事に戻ってください。わたし達はもう少しここで、何か原因に繋がる手掛かりがないか探してみます」
「そうか、じゃあまた何か力になれることがあればいつでも言ってくれ。くれぐれも無理はせずにな」
「はい、ありがとうございます!」
お互い手を振り合って漁師さんと別れる。
漁師さんの船に乗り込むのを見届けてから、わたしは大きく溜息をついた。
「はぁー……。そうは言ったものの、情報もない中でまず何をしたらいいんだろう……?」
当てが外れてガックリうなだれると、隣のルナが「うーん」と唸る。
「そうだなぁ……。まだこの辺りには昨日の魔法の残滓があるし、どこから放たれたものか痕跡を追ってみようか」
「えっ!? そんなこと出来るの!?」
驚いて顔を上げると、いたずらっぽく笑うルナと目が合った。
「見てて」
そう言ってスッと伸ばした人差し指を、船着き場全体をまるく囲むようにして軽く振る。
するとどうしたことだろう。たちどころに虹色に輝く小さな光が湖面に点々と現れたのだ。
「わぁ……っ! すごく綺麗だけど、これはなんなの?」
「〝追跡魔法〟だよ。これで魔法の残滓を可視化したんだ」
「可視化……? じゃあ……!」
「うん。これを辿っていけば、昨日魔法で船を動かなくしたのが何者か分かるかも知れない」
「!!」
一気に希望が見えてきて、わたしはパッと顔を輝かせる。
「そっか! なら気を引き締めて、光を辿ってみましょう!!」
「うん。じゃあ、はい」
「ん??」
ぐっと両手を握り締めて気合いを入れ直していると、不意にルナがわたしに向かって両手を大きく広げて来た。
それに意図が分からず首を傾げると、ルナの方も不思議そうな顔をする。
「光は湖の上に現れているんだ、リリスは水面を歩けないでしょ? だから僕が抱えて飛んであげるよ」
「んなっ!!?」
思わず叫んで後ずさると、ルナがますます不思議そうにキョトンとする。
「え、そんな驚く?? リリスを抱えて飛ぶのなんてもう、いつものことじゃないか」
「そっ、それは……」
そうだけど、そうじゃない!
普段の学園と違って、ここはわたしの生まれ故郷なのだ。マリアや漁師さんをはじめ、幼い頃からわたしを知る人は多い。
そんな場所でルナに抱えられて飛んでいる姿を見られたらと思うと、羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。
「り、陸伝いでも、時間は掛かるけどちゃんと辿り着けるよ! それにここは観光客が多いって忘れたの? もし空飛んでるとこ見られて、テーマパークの時みたいな騒ぎになったら大変だよ!」
「だから今は漁師さん達くらいしかいないでしょ」
「ひゃっ!!?」
アワアワとするわたしをまるっと無視して、素早くルナがわたしを抱き上げた。
大きな純白の羽根がルナの背から広がり、優雅に空を舞う。
「うわーん! 漁師さん達がいるからダメなんだよーっ!!」
以前より格段によくなった耳がザワザワと騒めく漁師さん達の声を拾って、わたしはぎゅっと耳を塞ぐ。
そしてバタバタと抵抗すれば、ルナが怪訝な顔をした。
「もう、どうしたのリリス? なんか変だよ?」
「うう……」
変なのは百も承知だ。
だって恥ずかしくって早く離してほしいのは本当なのに、わたしが暴れても決して落とさないようにルナが大事に抱えてくれていることも嬉しくって堪らない。
こんな複雑で面倒臭い感情、到底ルナには言えっこなかった。
* * *
「――ほらリリス、対岸に着いたよ」
「う、うん」
虹色の光を辿ってしばらく。
ようやく羞恥も収まり、ルナに抱えられるのにも慣れてきた頃、湖の対岸にわたし達は出た。
対岸は町とは正反対の深い木々が生い茂った森であり、湖は細く小さな川に繋がっている。どうやら虹色の光は川の先まで続いているようだ。
「ここは町から離れてるし、魔獣だって出るのに、本当にこんなところに船に魔法を掛けた犯人が……?」
「…………。とにかく先に進んでみよう。この先は木々が邪魔だし、徒歩の方が良さそうだね」
「? あ、うん……」
ジッと川の先を見つめるルナを不審に思いつつも、わたしは頷いてそっと地面に足を下ろす。
――ぷにゅん。
すると靴底に妙な感触を感じ、わたしは飛び上がってルナの首を掻き抱くようにして縋りついた。
「ひえっ!!?」
「リリス!?」
「いいい今っ! なんか足元に変な物体が……!!!」
「足元?」
わたしの言葉にルナが視線を足元に向ける。それにわたしも一緒になって、恐る恐る視線を下ろした。
「「え……?」」
そして目に入った〝妙な感触〟の正体に、わたしとルナが同時に間の抜けた声を発する。
「クー……」
何故ならこの場所にはおおよそ似つかない、イルカのような姿をした小さなピンクの生き物が、地面にコロンと転がっていたのだから。