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リリスとルナの夏休み 2



 ――タタンタタン


 窓からは木々ばかりが見え、まだ湖は見えてこない。

 それでも列車移動が珍しいのか、ずっと食い入るように車窓の風景を眺めるルナに微笑んで、わたしは両親について兄様が語った言葉を何度も頭の中で反芻(はんすう)する。


 わたしの中にある記憶の父様と母様は、いつもわたしを恐れているような顔ばかりだ。

 夜の魔女や神の神託の顛末については、兄様から両親には報告済みらしいが、だとしたら二人はそれを聞いて今何を思っているんだろう?



「リリス! 見て見て、大きい湖が見えるよ! 湖面がキラキラして綺麗だねー!」



 ルナのはしゃいだ声に車窓を見れば、確か実家の近くにある湖が見える。

 いよいよ帰る時が間近に迫り、緊張がまた走るが、



「リリス」


「うん」



 ぎゅっと繋いだままのルナの手の温かさが、言われずとも「大丈夫」と伝えてくれて、わたしの心を奮い立たせてくれた。



 * * *



 アリスタルフ家は、代々優秀な召喚士を輩出している王国でも指折りの召喚士一族。末端ながら爵位も賜っている。


 だから――。



「うわーー! すっごい大きなお屋敷! 学園の寮みたい!!」


「いや、さすがにあそこまで大きくないし」



 わたしのツッコミも聞かず、ルナが楽しそうに屋敷の敷地を囲う重厚な門扉を開く。

 すると途端に視界いっぱいに広がるのは、丁寧に手入れされた見事な青色のバラが咲き誇る庭園で、しばしわたし達はその美しい光景に見惚れる。



「わぁ……」


「すごいね、いい香りがする。元々こんなにたくさんのバラがお屋敷には咲いていたの?」


「ううん。わたしの記憶だと、バラなんて――」


「あら? お客様ですか?」



 わたしとルナが話し込んでいると、ガサガサとバラの生垣から音がして、ひょっこりと人影が現れた。

 それにわたしが顔を振り向かせると、



「ああーーーー!!」



 キーンと耳をつんざくような悲鳴が上がり、何事かと目の前の人物をよく見ると……。



「お、お嬢さま!? リリスお嬢さまじゃありませんか!!!」



 白いメイドキャップにお仕着せのクラシカルなメイド服に身を包んだ茶髪の女性が、カゴいっぱいの青いバラを抱えてこちらに走ってくる。

 その姿が幼い頃に見た姿と被り、わたしは大きく目を見開いた。



「えっ! もしかしてマリア!? 会いたかったわ!!」


「私もです! お嬢さま!!」



 わっと感極まって抱きつけば、マリアもカゴを足元に置き、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。



「うう……、嬉しいです。お嬢さまが家を出て早8年。またお帰りになられる日が来るなんて……!」



 うっうっと涙を手で拭うマリアの反応に、わたしは少々戸惑い問いかける。



「……えっと、そんなに喜んでくれるのは嬉しいんだけど、もしかして今日わたしが来るって知らなかったの? 兄様から家には伝えてもらうよう、お願いしてたんだけど……」


「ええ、確かにエルンスト様からは事前に聞いておりました。でもあの方は長年シスコンを拗らせて、まともにお嬢さまとお話も出来なかったチキン野郎ですからね。話半分に聞いておりました。それがまさか本当にお帰りなさるとは! エルンスト様のお嬢さま愛もようやく実ったのですね!!」


「えっと……??」



 マリアの言ってることの半分も理解出来ないが、兄様に対して妙に毒舌だということだけは理解出来た。

〝シスコン〟とか〝チキン野郎〟とか、兄様が聞いたら黒いオーラを漂わせてブチ切れそうである。



「――ところでお嬢さま、後ろにいるその方はどちら様なのですか……?」


「あ」



 抱きついていた体を離すと、マリアの視線が真っ直ぐルナに向かっているのに気づいた。


 真っ白な髪と金色の瞳に浮世離れした美貌。

 これだけでも十分目立つのに、更にルナの背中には大きな純白の羽根まで生えているのだ。否が応でも注目してしまうだろう。



「え、えっとね……。彼はルナっていって、わたしの……その、召喚獣なの」



 緊張でドキドキしながら、ルナをマリアに紹介する。  



「ええええええーーーーっっ!!!!!」



 するとその瞬間、またマリアが悲鳴を……いや、雄叫びを上げた。



「ついに……ついに成し遂げたのですね、お嬢さま!! 幼い頃から心無い言葉にも屈せず、努力を続けてきたお嬢さまの悲願がとうとう達成されたのですね……!! うわぁぁん!! よかったですぅーー!!!」



 もはや咽び泣いているマリアを見て、ルナがこっそりとわたしに「かなり激情家な人なんだね」と言ってきて、これにはわたしも苦笑するしかない。

 カバンからハンカチを取り出して、涙に濡れたマリアの目元をそっと拭う。

 


「もうマリアったら、そんなに泣かないで。でもありがとう。マリアにもいっぱいわたしのことで迷惑かけちゃったから、喜んでくれて嬉しい」


「迷惑だなんて、とんでもありません! お嬢さまのお世話をすることは私にとって至上の喜びでした! きっと旦那様と奥様もルナ様を見られたらお喜びになりますよ! ……あ、でも旦那様は泊まりのお仕事でしばらく帰らないのでしたっけ。お嬢さまは何日滞在なさるご予定ですか?」


「えっと、五日後の朝には帰るつもりだけど……」


「なら旦那様は三日目には戻って来られる予定なので、お会い出来ますね! 旦那様もお嬢さまに会ったら、そりゃあもう大喜びでしょうね~」


「…………」



 ……そうなのだろうか? 


 事前に帰る日は伝えてあったのだし、わたしと会いたくないから敢えて泊まりの仕事を今の時期に入れたのではないのかと、つい穿ったことを考えてしまう。


 しかしいけない。例えそうだとしても、わたしはもう逃げずに二人と向き合うと決めたのだ。

 頭を振ってマリアに尋ねる。



「母様はどうなされているの?」


「奥様はお部屋で刺繍をしたり、編み物をしたりしてお過ごしになられております。お外の空気を少しでも感じたいとの仰せですので、毎日こうしてバラを摘んで奥様のお部屋に活けているのです」



 そう言ってマリアは、たくさんの青いバラが入ったカゴを掲げて見せる。



「そっか……」



 つまり母様はわたしが家を出た今も、外出すらままならない状態ということだ。



「よかったら奥様のお部屋に一緒にバラを活けに行きません? 奥様もお嬢さまの顔を見たいでしょうし……」


「そうかな? このすっかり黒く染まった髪と目を見て、卒倒しそうな気がするけど」


「そんなことはありません。奥様はずっとお嬢さまのことを案じてきたのですから」


「…………」



 何を当たり前のことをといった表情でマリアがそう微笑むから、「わたしはそうは思わない」なんて、言えそうもなかった。



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