そして訪れる愛しい日常 終
「あっ! ルナあそこ!!」
ルナに抱えられて上空から校門を見下ろすと、ちょうど私服姿のアダムがたくさんの荷物を持って、ぼんやりと校舎を眺めているところだった。
「アダムーーーーーーーー!!!!!」
「うわーーーーーーっ!!!?」
慌てて呼び止めてルナが急降下すると、その勢いで砂埃が辺りにもうもうと立ち込める。それに驚いたアダムが絶叫し、あ然とした表情でわたし達を見た。
「はは、なんだお前らか……。その現れ方もなんか懐かしいな」
「…………」
地面に降り立つと、アダムが目を細めて苦笑する。
そんな表情にもぎゅっと心臓が鷲掴まれたように苦しくなり、思わず言わないようにと思っていた言葉が口をついてしまう。
「アダム……。本当に学園辞めて、別の学校に編入しちゃうの……?」
「ああ。結果的に俺がしたことはお咎めなしになっちまったけど、自分なりにケジメもつけたいし、田舎に戻ってそっちの学校に夏休み明けからは通うつもり」
「そっか……」
アダムの表情は決して悲観的なものではなく、寧ろ新たな環境に身を置くことへの決意に満ちている。今更わたしがどうこう言ったところで曲げることはないだろう。
であればわたしに出来るのは、その道を応援することだけ。頭では分かってはいるが、それでもじわじわと込み上げてくる悲しみに、わたしは目をぎゅっとつぶった。
「……リリス」
「? え……」
すると不意にそんなわたしの顔をアダムが覗き込んできて、ハッとわたしも顔を上げる。そしてアダムの黒茶色の瞳にわたしが映った瞬間――、
――バチンッッ!!!
「いったーーーー!!!!」
強烈な破裂音が校門に響き渡り、あまりの痛みにわたしは額を両手で抑え震える。
デコピン……! デコピンしやがった、この男……!!
「いきなり何すんの!!?」
「せっかくの俺の門出だっつーのに、んな辛気くせー顔してるからだろ!? 別にこれが今生の別れって訳じゃないんだ! それにお前は俺のことなんか気にしてる場合じゃ無いだろーが!!」
「へ??」
言わんとすることがピンとこず目を白黒させると、アダムが焦れたように怒鳴った。
「お前が女神の生まれ変わりってことが王宮に知れ渡って、なんかまた面倒事に巻き込まれるかも知れねーんだろ!?」
「あ、それは……」
アダムは誰からその話を聞いたんだろう。
王宮の調査団が今回の騒動の件で学園中に事情を聞いて回っていたから、そこからだろうか?
「本当は俺だって側にいてお前を守ってやりてーけど、ピグもいない以上、ただの足手まといにしかならないしな」
「あ……」
……ピグくん。
最後に神の楽園でさよならした時の様子が頭に浮かぶ。
本人は至って元気そうに見えたが、夜の魔女に手酷くやられた体では、地上で実態を保つことが出来ないらしい。
イシュタルの話では、数年くらいで地上に戻って来れるとのことだったけど――……。
「だからんな顔すんなって! 俺はピグなら数年どころか、1年も掛からす戻って来るって信じてる!」
「え……」
「ピグのヤツ、ああ見えて実は強いからな。それまではホラ! お前がくれた、こいつが俺の召喚獣だ!」
「アダム……。うん、そうだね……!」
わたしがあの日渡したハリネズミのキーホルダーを手にぶら下げて、アダムが笑って見せた。それにわたしも精一杯の笑顔で頷く。
「……つーかおい、お前もそんなとこに突っ立ってねーでこっち来いよ」
そこでアダムがわたし達から離れた場所で、こちらの様子を伺っているルナを呼んだ。
「お別れだって言うから気を遣ったのに……」
そうブツブツ言いつつも、ルナが素直にわたし達のところに来る。
するとアダムはそんなルナの鼻先に指を突きつけ、叫んだ。
「お前リリスのこと絶対守れよ! じゃなきゃ許さねー!!」
唐突なアダムの言葉に、ルナは一瞬だけ虚を突かれたような表情をしたが、しかしすぐさまふっと微笑む。
「もちろん。必ず守りきるよ」
力強く頷くルナに突きつけた指を下ろして、アダムも笑う。
「ああ、それでいい。リリスを守れんのは、お前だけなんだからな」
「アダム……」
ありがとう。
貴方は孤独だったわたしを救ってくれた。
たった一人の、大切な友達。
きっとまた、わたしとアダムとルナとピグくん。みんなでご飯を食べて、笑い合える時が必ず来る。
「――じゃ、俺そろそろ行くな」
「あ……」
アダムが荷物を持ち直し、わたし達に背を向けた――その時、
「リリスちゃーん!! ルナくん、アダムくーん!!」
「え……」
「!! みんな……!」
バタバタと騒がしい足音に振り返れば、アンヌや他の生徒達。それに学園長やマグナカール先生達や兄様まで、みんながこちらへと走って来るのが見えた。
それにわたしは手を振って、慌てて立ち去ろうとするアダムの腕を掴んだ――。
* * *
きっとこの先も、多くの出会いと別れが待っているんだろう。
困ったことや、大変なことだって、また起きてしまうのかも知れない。
でもわたしには、双子の女神と、最強の天使な召喚獣と、たくさんの困った時に助けてくれる人達がいる。
だから何があったって大丈夫。乗り越えられる。
――さぁ、前に進もう。
召喚士リリス・アリスタルフの人生は、まだまだ始まったばかりなんだから。
=そして訪れる愛しい日常・了=
ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
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本編はここまでで完結となりますが、引き続きその後のお話として、『リリスとルナの夏休み』を更新します。
続けて読んでくださいますと嬉しいです。