そして訪れる愛しい日常 3
「〝魔法学園再建の方針〟……ですか?」
「ああ」
それぞれ応接セットに腰を下ろし、紅茶を飲んでいた学園長が口を開いた。
「実は魔法学園の理事長が代わることになった」
「えっ!? ……それは、現理事長が生徒会長のお父様だから……ですか?」
わたしの言葉に、兄様が神妙に頷く。
「ああ、そうだ。ノーブレ嬢のお父上にして現理事長――オドアルド・ノーブレ氏は、ノーブレ嬢が学園を私物化するのを止めるどころか、容認して手助けまでしていた。彼女の様子がおかしいことに気づいていたにも関わらず、だ」
「結果的に理事長の放任も騒動の発端の一翼を担っていたと判断され、彼は理事長を今学期限りで退任。次学期からは新理事長が王宮から赴任されることが決まったんだよ」
「!? 王宮から!? それは……、魔法学園の理事長は代々ノーブレ家が継いできたのに、とても大きな変革ですね」
「そうなんだよ。そうなれば現在のクラス分け……。特にS組については、新理事長次第で解体も有り得るだろうね。そうなるとまたクラス編成も一から考えなければいけないし、今から頭が痛いよ……」
「そっか、S組は生徒会長の発案だったんですもんね」
……正確には、夜の魔女ことリィの発案ではあるが。
しかし最初はたった5人しかいないS組というクラスに抵抗を感じていたが、いざ無くなる可能性があると聞けば一抹の寂しさを感じる。
なんだかんだ言っても、アンヌと友達になれたキッカケでもあるし、無意識の内に愛着が湧いていたのかも知れない。
「まぁ、それだけ王宮は今回の騒動を重く見ているということだ。――それに多大な興味も」
「興味??」
わたしが目を瞬かせると、飲んでいたカップをソーサーに置いた兄様がわたしとルナをじっと見つめた。
「そうだ。王宮……特に国王陛下は、リリスとルナに対して大変な興味を示されている。もちろん遠き過去、神話の存在と思われていた我ら人間の祖が現存し、更には世界を生み出した創造神が転生していたとあれば、その興味は当然なのだろうが……」
「そうなんだ……」
確かに国王様から見たら、わたしの存在ってかなり微妙な立場なのかも。
つまり王宮から新理事長が赴任するというのも、わたしを監視する為……?
思い至った事実にどんよりと気が重くなるが、それを見た兄様が困ったように苦笑した。
「そう暗い顔をするな。王宮側の動きはあまり気にしなくていい。陛下には私からリリスの人となりはよくよく伝えてあるし、陛下自身とてもお優しい方だ。それにもし万が一、お前に対し妙な動きがあれば、その時は私が止める」
「兄様……」
力強い言葉に励まされて頷くと、それを見ていた学園長が「ふふふ」と笑った。
「王宮のことはエルンストくんに任せるといい。なにせ彼はなんとか君を救いたいと学生時代から君の神託について熱心に調べていてね。王宮召喚士になったのも、一般市民では読むことの許されない文献も調べる為なんだよ」
「えっ……!?」
学園長の言葉にわたしは目を見開く。
「兄様。それ、本当なの……?」
「あ、ああ。まぁな」
兄様が少し気まずそうに頷いた。
「…………」
――ずっと、兄様はわたしのことなんて興味がないんだと思ってた。
だからまさか兄様が自分の進路をわたしの為に決めていたなんて……。全く知らなかった。
「兄様……わたし、そんなこと全然気づこうともしないで、兄様にずっと酷い態度ばかりとってたね」
「いや、それは」
「なのにずっとわたしの為に頑張ってくれてありがとう! 兄様大好き!!」
「!!!」
嬉しくって思わずそう言うと、兄様が驚いたように目を大きく見開き、呆然としたように固まった。
「大好きか……、そうか……」
「?」
ブツブツと小さく呟いている兄様に首を傾げると、スッと横から手が伸びてきて、頬に添えられる。
そしてくるりと顔の向きを変えさせられれば、なんだか面白くなさそうな表情をしているルナと目が合った。
「なーんかリリス、ちょっと前までとおにーさんへの態度が変わってない? 前までは口調も敬語だったのに、すっかり砕けてるし……」
「ええっ!? だ、だって、家族なんだし……」
おずおずとそう言うと、ルナは「ま、いいけど」とプイっと顔を背けた。どうやら拗ねているみたい。
それに「ルナのことだって大好きよ」の気持ちを込めて、その真っ白な髪を撫でてやる。そうするとルナが満足そうに微笑むので、もっと撫でようとわたしは手を伸ばした――が、
「「…………」」
ふたつの視線を感じて、ハッと顔を前に向ける。
するとにこにこと微笑ましそうに目を細める学園長と、微妙な顔をしている兄様がこちらを見ていた。
「あ、あのっ! 兄様、学園長! これは……!」
「いい、言わなくて。ていうか言わないでくれ」
「ははは、エルンスト君にはダメージがデカかったかな」
はぁと盛大に溜息をついて項垂れる兄様の肩を、学園長が苦笑しながら叩いている。
そのなんとも言えない空気に耐え切れず、話題を変えようとずっと気になっていたことを切り出した。
「あの……、生徒会長は今はどうされているんですか? あの後王都の病院に運ばれたと聞きましたけど」
「ああ、ノーブレ嬢か」
学園長が少し顔を俯けて話し出す。
「外傷はなかったから、今は退院して自宅療養に切り替えたようだよ。……魔法学園は退学し、落ち着いたら別の学校に編入するそうだ」
「そうですか……」
本来は大人しく、優しい少女だったという生徒会長。
ついに本当の彼女とは言葉を交わすことは叶わなかったけれど、彼女のこの先の道に幸多からんことを心から願っている――。
「――ねぇ、リリス。〝編入〟と言えばもう16時だよ」
「えっ!!?」
不意にルナにそう言われ、弾かれたように壁に掛けられた時計を見れば、確かに針はちょうど16時を指している。
「やばっ!! もう行かないと!!」
「! もしかしてアダム・ウィルソン君かい?」
「……ああそうか、見送りに行くのか」
兄様が思い出したように呟く。
「ならば話はここまでにしよう。早く行っておいで」
「はいっ、ありがとうございます! 学園長!」
「私達も後から追いかける」
「はいっ!」
二人の言葉に頷くと、
「――リリス!」
「うん!」
わたしは差し出すルナの手を取って、そのまま学園長室の窓から飛び降りた。