そして訪れる愛しい日常 2
「へぇ、ここが学園長室かぁ」
「ルナは来るの初めてだもんね」
学園長室の前に立ちそう呟くルナに声を掛けて、わたしは扉をノックする。
「学園長、リリス・アリスタルフとルナです」
「おお、来たかい。どうぞ入ってくれ」
すぐさまドア越しに学園長の許可が下りて、わたしはドアノブに手を掛けた。
「失礼します」
「待っていたよ、アリスタルフ嬢。ルナくんも。しかし思ったよりも早く来たね。今はまだホームルームをしている時間じゃないのかい?」
扉を開き中に入ると、にこにこと温和な表情を浮かべた学園長に出迎えられ、開口一番にそう問われる。
「あ、あはは……。実はマグナカール先生に、早く学園長室へ行くように言われまして……」
しかしまさか「イチャイチャしてたら、教室から追い出されました」なんて言えない。
適当に笑って誤魔化すと、学園長は一瞬不思議そうな顔をしたが、次には「そうか」と納得したように頷いた。
「まぁ立ち話もなんだ。二人とも座って。今紅茶を淹れよう」
「はい、ありがとうございます」
学園長に促されて、わたしとルナは室内にある応接セットへ移動する。すると既に兄様が椅子に腰掛けており、わたし達を見て立ち上がった。
「リリス、来たか」
「兄様!」
「会うのは2週間振りだな。……体の方は大丈夫なのか?」
言って兄様がわたしの両肩に手を添えて、わたしの顔を覗き込んでくる。
その表情は心底心配といった様子で、それに内心少しだけ苦笑しつつも、大きく頷く。
「うん、大丈夫だよ。不調も何もない。寧ろ前より感覚が研ぎ澄まされて、調子がいいくらいだよ」
「本当か? しかし2週間前より少し痩せたんじゃないか? 王宮関係者や学園関係者の状況調査への対応はルナが全面的にやれと言っておいたが、まさかリリスにやらせてるんじゃないだろうな? ――ルナ」
兄様がわたしから隣に立つルナへと視線を移し、ギロリと睨みつける。
それに対し、ルナが呆れたように首を左右に振った。
「もちろん君に言われるまでもなく、リリスを矢面に立たせるようなことはしてないさ。でもそれにしても、君ってやっぱり〝元イシュタル〟だよね。リリスだって右も左も分からない幼子じゃないんだし、口うるさいのも程々にしないと嫌われちゃうよ?」
「何ぃ……!?」
「はは、まぁまぁ……」
剣呑な雰囲気を放つ二人を宥め、バリッと引き離す。
「こんなことで嫌いになったりしないから、ケンカしないで」
兄様にはわたしが女神の生まれ変わりだということ等、これまでの出来事は全て伝えてある。
わたしが語る事実に驚きつつも、兄様は決して否定することなく受け入れてくれた。
自らがかつては〝智天使イシュタル〟であったということも、こちらが驚く程あっさりと受け入れており、その影響なのか兄様にはちょっと過保護な面が増えたような気がする。
騒動以前の互いにギクシャクした関係が嘘のようだ。
「そう言う兄様こそ、ここ2週間は王宮に戻って、騒動の後処理に追われて大変だったって聞いたよ? ちゃんと休めているの?」
「ああ、私の方は問題ない。慌ただしくはあるが、休み休みやっている。それで今日呼び出したのは、王宮側の方針もある程度まとまったから、お前達にも伝えておきたくてな」
「方針……? それって……」
「――ああ。〝魔法学園再建の方針〟それは学園側の意向とも合致することなんだけどね」
「あ、学園長……」
声のした方を振り返れば、応接セットのテーブルに4人分の紅茶を運んできた学園長が、わたし達を見て穏やかに微笑んだ。
「さぁ、込み入った話は席に着いてからだ。いつまでも立っていないで座ろう。せっかくの紅茶が冷めてしまう」