卒業テストは一筋縄ではない 5
※後半エルンスト視点
『それでは改めまして、60番 リリス・アリスタルフ』
「はい!」
仕切り直しとなったわたしの卒業テスト。
改めて名をアナウンスされて、わたしは力強く返事をし、反対側から現れる対戦相手となる魔獣を待つ。
「アオオオオォォォォ!!」
そして現れたのは犬型の魔獣。黒いつやつやの体毛を持ち、鋭い牙は噛みつかれたら大怪我しそうだ。
だがこの程度の魔獣ならば、実家の領地にも多く生息していたので問題は無い。
学園長に言ったことは概ね事実だ。召喚獣による魔法が使えないわたしは、今までこの短剣で身を守ってきた。
チャキッと逆手で顔の前に短剣を構えれば、先に魔獣の方が仕掛けてくる。
「アオオオオォォォォ!!」
「遅い!!」
両手から火を放ち、こちらに突進してくる魔獣をサッと躱して、わたしは背後に回って素早く魔獣の背に短剣を突き刺す。
「ギャイィィーー!!!」
魔獣が断末魔を上げ、どさりと地面に倒れる。勝負あった。わたしは卒業テストに見事に合格したのだ。
しかし――。
ホッと息をついて観覧席に戻ろうとしたその時、
メキ……メキ……バキ…バキ…。
――不気味な音と共に、倒した筈の魔獣に異変が起きた。
* * *
リリスが犬型魔獣をあっという間に仕留めたのを見て、私は「ほぅ」と、感嘆の声を上げた。
相変わらずリリスの剣さばきや身のこなしは素晴らしい。召喚獣の魔法頼みの召喚士には無い己の体を使った戦い方に、ついつい見惚れしまう。
思えば一週間前、学園長なりの気遣いだったとは言え、いきなり退学を宣告された彼女のショックは相当なものだっただろう。
魔法学園に入学したいのだと、リリスが必死で父上に許しを乞うていたことを、私はとてもよく知っている。
この間の閉架図書室の前で会った時も、何やら挙動不振で、随分思いつめていたように感じた。
しかしその憂いもようやくひと段落したのだ。後で何か労いの言葉をかけてあげなければと私が思案する。
「――――っ!」
しかしその瞬間、ある気配がコロッセオ全体を包んだのを感じた。
「……!? この気配は!?」
「? どうかしたかね、エルンスト君?」
ハッと私が立ち上がると、隣に座っていた学園長が不思議そうにこちらを見つめる。
学園長はこの圧倒的な気配に気がついていないのか!?
私はこの気配によく覚えがあった。
あの閉架図書室付近で感じた、今までに感じたことのない程の強大な気配と同じだ……!!
「きゃああああああ!!」
「なっ、何アレ!?」
「犬型の魔獣が……!!?」
すると観客席の生徒達から悲鳴が上がり、私は弾かれたようにリリスと魔獣へと視線を戻す。
――そして、目の前の光景に私は言葉を失った。
「!? なんだ……アレ、は……」
リリスが倒した筈の犬型の魔獣がメキメキと鈍いイヤな音を立てながら、どんどんブクブクと肥大化していく。そのあまりにもグロテスクな光景に、誰もが声を出せない。
やがて完全に肥大し切った犬型の魔獣だったものの上部からはピシピシと亀裂が入り、何かが蠢き這い出てくる。
メキ……メキ……バキ…バキ…。
現れたのは3メートルはあろうかという、巨大な体躯に二つの犬の頭をもつ化け物。
鋭い牙の生えた口からは荒く息が吐かれ、涎が地面にボタボタと落ちる。黒光りする体毛は醜悪で、4本の足に生えた爪は鋭いナイフのようだ。
更にその身に纏う、禍々しい濃い紫の魔力は見る者を恐怖で竦ませる。
「グオォォォォォォォオ!!!!!」
そんな見たこともない化け物が、今まさにリリスに襲いかかろうとしていた。