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そして訪れる愛しい日常 1



「――さて。ここ2週間は、例の騒動の後処理で慌しかったけれど、予定通り明日からは夏休みです。寮から出て地元に帰省する人も多いでしょうけど、くれぐれも羽目は外さないようにね」



 ここは1年S組の教室。

 教壇では、マグナカール先生が夏休み前の注意事項を話している。


 ――2週間。


 そう、あの夜の魔女によって学園全体が精神掌握魔法にかけられた騒動から、もう2週間が過ぎていた。

 一時は魔女に操られた者達によってボロボロに荒れ果ててしまった校舎だが、学園長達の迅速な対応により、今はその見る影もなく、綺麗に元通りとなっている。


 ともすれば、まるであの日の出来事が白昼夢であったような気さえしてしまうが――……。 



「…………」



 そっと左隣を見れば、真っ直ぐ教壇を見ていたルナがわたしの視線に気づいて、こちらに向かってそっと微笑む。

 そのつい見惚れてしまうような綺麗な笑みは、なんだか騒動以前とは少し乗っている感情が違うような気がして、なんだか無性にドキドキとしてしまう。


 ――そう、夢じゃないのだ。



『当たり前でしょ。好きな子に好きって言われた上に、こんな可愛いワガママまで言われたんだ。ドキドキしない訳ないよ』



 あの言葉も、抱きしめられた腕の温もりも。



「――ゴホン。この私が話しているのに、何をニヤニヤ笑っているのです? リリス・アリスタルフさん」


「!!?」



 その言葉にハッと我に返り、顔を前に上げれば、いつの間にかクラス中の視線がわたしに集まっていることに気づいた。



「えへへ。恋する乙女、幸せ真っ只中って感じだね~」



 右隣の席に座るアンヌがにこにこ笑ってそう言う。

 つまりみんなの前でお花畑全開のアホ面を晒していたということだ。

 顔から火が出そうな程、めちゃくちゃ恥ずかしい。



「す、すみません。マグナカール先生……」



 身を縮こませて謝ると、先生は呆れたような溜息をひとつ吐いた。



「まぁ、貴女もここ2週間は学園側や王宮側の聞き取り調査もあって色々疲れているでしょうから、今日のところは多めに見るわ。……ああ、そうだ。その調査の件で、学園長が貴女をお呼びよ」


「えっ!?」


「騒動の顛末について話したいそうだから、ホームルームが終わったら、すぐに学園長室に向かってちょうだい」


「はい……」



 騒動の顛末……。


 ――2週間前。神の楽園で夜の魔女との永き因縁に決着を着けた後、わたしとルナは、イシュタルと共に魔法学園へと帰還した。

 その時は早朝だというのに、兄様やアダム達だけじゃなく学園中がわたし達の帰りを待っていて、無事戻った時はそれはもう大騒ぎだった。


 それ後は学園長が先頭に立って、魔法学園の復興、わたしやルナへの様々な聞き取り、今回の騒動を重く見た王宮への説明と慌ただしく奔走していた筈だけど――。



「詳しいことは学園長に聞きなさい。エルンスト様も同席されるらしいわ」


「兄様も……、分かりました。……あ」


「? どうかしましたか?」



 おずおずとしたわたしの様子に、マグナカール先生は不思議そうに眼鏡を押し上げた。



「あの、ルナは一緒に行ってもいいんですか?」


「ええ、もちろん。寧ろ同席してほしいと学園長が仰せよ」


「そうですか……」



 その言葉にホッとしてルナを見ると、何故かルナはわたしに向かって手を伸ばして、そっと頭を撫でてきた。



「?? え、何……?」


「だってリリス、本当に嬉しそうな顔してるんだもん。我慢出来ずに触りたくなっちゃった」


「は!?」



 不意打ちで囁かれる甘い言葉に、一気にわたしの頬が熱くなる。



「ふふ、リリス真っ赤。リンゴみたいで可愛い」


「あ……う……」



 ドキドキと高鳴る胸の前に手をぎゅっと握ってルナを見つめると、頭にあったルナの手がそっとわたしの頬を撫でる。

 その温かく柔らかな手の感触が気持ちよくて、わたしはそっと目をつぶり――。



「ゴホン!! ゴホンゴホンゴホンゴホン、ゴホンッ!!!」


「!!!!」



 あまりにもわざとらしい咳払いに、わたしはハッと視線を教壇に戻す。

 すると先程の寛容な様子と打って変わって、こめかみをピクピクと動かし、夜の魔女よりも恐ろしい気配を放つマグナカール先生が腕を組んで仁王立ちしていた。

 そして耐え切れないと言うように、教壇を思いっきりバシバシ叩く。



「あーダメだわ!! こんな万年お花畑に付き合い切れない!! もう貴女達はホームルームはいいから、さっさと学園長室にお行きなさい!!」


「え、でも……」


「いいから、お行きなさい!!」


「……はい」



 有無を言わさぬ圧でそう言われ、ガラガラと扉を開けられ出て行くように指示されれば、それに従うしかない。

 周囲からの生暖かい視線(アンヌだけはキラキラした視線)を感じながら、わたしはルナを引っ張って、すごすごと荷物をまとめて扉に向かう。



「あ、そうだ、アリスタルフさん」



 と、そこでマグナカール先生が不意に思い出したように、わたしを呼び止めた。



「はい?」


「〝彼〟のことだけど、今日の16時に寮を引き払うそうよ。貴女聞いてる?」


「……はい、本人から聞きました」


「そう……、寂しくなるわね」


「…………」



 複雑そうな表情をしているマグナカール先生に静かに頷いて、わたしはルナと一緒に教室を後にした。



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