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双子の夜の女神 2

※夜の魔女視点



「――リィ、ここに居たのね」



 柔らかな夜風に誘われ、うとうと微睡(まどろ)んでいた目が開く。

 今しがた見た懐かしい夢に出て来た女とそっくりの声に首を上げれば、やはりそこには夢の中と同じく白い衣に金の髪をサラサラと揺らしたリリスが立っていた。


 こうしてまみえるのはいつ振りだろう?

 気も遠くなるような過去だった筈だが、瞬きをするくらいの短い間だったような気もする。



「……なんでお前が心の隙間(ここ)に居るのかしら?」



 胡乱な目を向ければ、リリスが「うーん」と首を傾げる。



「実はリリス(あの子)に他者の声を聞く力を授けた時に、ちょっとだけわたしの自我もその力の中に宿していたの。あの子ならきっと、貴女を受け入れると思っていたから」


「……ふん。つまり結局のところ、全てはお前の手の内だったという訳ね」



 相変わらずの達観した物言いに、わたくしは苛立ってリリスを睨みつける。するとリリスはそれに困ったように笑って、そのままわたくしの隣に腰を下ろした。



「はぁー、ここ風が気持ちいいね」


「……ちょっと」


「ん?」



 この剣呑な空気が見えていないのか、その遠慮のない様子に既視感を覚え、思わずわたくしは脱力する。



「やっぱりお前はリリス・アリスタルフにそっくりだわ。……いえ、リリス・アリスタルフこそがお前にそっくりなのかしら?」


「え?」



 呆れて言うわたくしに対してリリスはキョトンとしていたが、少しすると意味が分かったのか、楽しそうに笑い出した。



「ふふふ! そうだね、確かにあの子はわたしの特徴をかなり引き継いでる。……でも、リィの特徴だってしっかり出てない? 貴女がわたしに施した呪いはあの子に引き継がれ、あの子は無意識の内にそれを自分の力としてしまった。あの子が何度も貴女の記憶を覗き見ることが出来たのも、その影響なんでしょ?」



 チラリとこちらを見るリリスに、わたくしは否定する理由もないので素直に頷く。



「ええ、そうよ。本来なら呪いが完全にリリス・アリスタルフを侵した時、わたくしはその自我を乗っ取っる筈だった。けれどそうはならず、あの女はわたくしの力をそっくり受け入れて、果ては自分の力としてしまっていた。結果として呪いをかけるつもりが、わたくしがあの女に女神の力を授けた形になってしまったわね」



 恐らくリリス・アリスタルフが何度も過去の神の楽園へ行けたのも、わたくしの記憶を介して無意識の内に女神の力を発動していたからだろう。

 ……もっともそのことに気づいたのは、リリス・アリスタルフにわたくしの過去を覗き見られた時だが。



「そしてその土壌があったからこそ、わたしもあの子に女神の力を与えることが出来た。でなければ例え転生者であっても、脆い人の身に女神の力は与えられなかった」


「なるほど。詰まるところわたくしは、意図せずお前を手助けしていたという訳ね。本当にわたくしよりよっぽど性悪だわ、リリスは」



 つんとしてそう言えば、リリスの表情が何故かぱぁっと明るくなった。軽く罵ったつもりだったのに、想定外の反応をされ、なんだか居心地の悪さを感じる。



「……何? ニヤニヤして。まさか罵られるのが好きだったの??」


「違うよ! そうじゃなくて呼び方! リィが〝リリス〟って呼んでくれたの、すっごい久しぶりなんだもん! いつも〝お前〟だったし」


「そうだったかしら……?」



 特に意識してなかったからよく思い出せないが、確かにそうだったのかも知れない。

 リリスを見ると、まだニヤニヤとしている。



「いい加減不気味なんだけど」


「だってー。こんな風にわたし達が話せているのは、リリス(あの子)のお蔭だなって思ってね。本当に感謝しなくちゃ」


「……ああ」



 確かに転生体と言えども、リリス・アリスタルフと女神リリスは全く別の存在。

 様々な出来事が一気に起こったにも関わらず、それらを全て受け入れてしまえたのは、やはりあの女の心がひとえに強かったからだろう。


 感謝……と言うとむず痒いが、そんな気持ちがわたくしにも無い訳ではなかった。



「ふん、まぁね。でもようやく手に入ると思ったルナも、すっかりリリス・アリスタルフに骨抜きだし、散々でもあったわ」


「え? ふふふ! ――そう、ルナも罪な子ね」



 ルナの名が出て、ふっとリリスが懐かしそうに目を細める。

 それを見てわたくしは、ずっと気になっていたが聞けなかったことを口にした。



「……リリスは、どうだったの?」


「え……?」


「ルナの方はとても貴女に憧れていたように見えたわ」



 わたくしの言わんとすることを察したのか、瞬間リリスが破顔した。



「ふふふ! ルナが?? それは無いよ」


「なんで言い切れる訳?」


「だって……」



 クスリと笑って、リリスは目を閉じる。



「確かにルナはわたしを創造神として慕ってくれていた。でもそれだけよ。あの子にあるのは、天使達の頂――〝熾天使(してんし)〟としての責任感だけ。それ以上の情緒がわたしと過ごす中で生まれることは決して無かった。それはわたしにしたって同じ」


「…………」


「でも――」



 リリスがポツリと呟いて、光り輝く月をそっと見上げる。



「頼み事までして、あの子を長年縛りつけていた身で言えることじゃないけど……。わたしはルナにはずっと、己の役目に捉われずに自由に生きてほしいと思っていた」


「…………」


「だからあの子がわたしの頼み事よりもリリスを優先した時、とても嬉しかった。あの子はようやく、本当に(・・・)欲しい(・・・)もの(・・)に自ら手を伸ばしたの」


「そう……」



〝本当に欲しいもの〟……か。わたくしは……。



「あれ? リィ、眠いの?」



 話しているとまたウトウトとしてきて、わたくしは目を閉じてリリスの肩に寄りかかる。

 すると耳元でリリスが、クスクスと笑った。



「懐かしいなぁ。昔はこうやってずっと二人で星を数えて、いつの間にかリィが寝ちゃってたんだよね」



 そう言ってリリスが軽く息を吸う音が聞こえる。そして次に聞こえたのは、懐かしく優しい歌声。



「――――……」



 ……わたくしが本当に欲しかったのは、称賛でも、力でも、ましてや恋でもない。

 ただ、こうやってリリスの側で穏やかに過ごしたかった。



「おやすみなさい、――リィ」



 ポッカリ穴が空いて、ちっとも埋まらなかったわたくしの心。

 でも気がつけば、その穴はすっかり塞がれ、渇いていた心は穏やかな温かさで満たされていた。




=双子の夜の女神・了=



次回『そして訪れる愛しい日常』

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