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双子の夜の女神 1

※夜の魔女視点



「ここがリリス・アリスタルフの心の隙間……」



 ぐるりと周囲を見渡せば、それはどこか懐かしい光景だった。

 澄んだ夜空に瑞々しい大地。

 それはわたくしの故郷である〝神の国〟のようでもあるし、リリスが創った〝神の楽園〟のようでもあった。


 心の隙間がどんな空間かは、対象者によってそれぞれ異なる。だからルナのように真っ白な何もない空間の者もいれば、このようにまるで本物の世界と見紛うような空間を創り出す者もいる。



「はぁ……」



 色とりどりの花々が咲く草原に腰を下ろし、ぼんやりとぽっかり夜空に浮いた月を見上げる。

 こうしていると脳裏に浮かぶのは、リリスと相対した最期の日(・・・・)のこと(・・・)



『――リィ、わたしは人間に生まれ変わるわ。そして必ずまた貴女の前に現れる。きっとよ』



 それは神の楽園を崩壊させたわたくしに対して持てる力全てを持って抗い、わたくしから天使達から奪った力の大半を取り戻したリリスが、その死の間際に残した言葉。


 当時のわたしはただ死を前にした世迷言と片付け、リリスの言葉を適当に流していた。



 だってまさかこんな風に現実になるなんて、思いもしなかったのだ――。



 * * *



「……リィ……」



 今や魔女が棲みつく森として誰も近寄らない、神の国の静かな森の中。白い衣を着た輝くような金髪の女が今にも消え入りそうな息も絶え絶えの声でわたくしを呼ぶ。


 こちらとて反撃はしたものの、天使達から奪った力の大半を奪い返されて満身創痍だったがらわたくしは息を荒げて、目の前で倒れているリリスの方へと視線をやった。



「……はぁ、はぁ。……お前、バカなの? 天使達の力を奪い返したところで、お前自身の力を全て失ってしまえば実態が保てず、神といえども消滅してしまうのに。……まさか死ぬ気?」


「ふふ、死ぬ……。確かに女神としては(・・・・・・)ここまでね(・・・・・)。貴女から天使達(あの子達)の力を取り返せるだけ取り返したし、もう思い残すことはないから……いいのだけれど」


「〝思い残すことがない〟ですって……?」



 信じられないことを言う目の前の女に、わたくしは思いっきり睨みつける。

 こんな状況なのに妙に清々しく笑うリリスに、わたくしは苛立ちというよりも、何故か焦りを感じていた。



「天使達のことは……? 地に堕ちたとはいえ、まだ生きてるのよ? ルナだって……、それに…………」



〝わたくしのことは……?〟


 そう喉まで出かかったが、ハッとして、すんでのところで押し止める。

 この期に及んでわたくしは何を口走ろうと……。



「ふふ……」



 しかし口に出さずとも心の読めるリリスには、わたくしの思考など筒抜けだ。リリスが淡く笑い声を出す。



天使達(あの子達)のことは大丈夫だよ。……ルナのこともね。ルナにはここに来る前に頼み事(・・・)をしておいたから、責任感の強いあの子なら、わたしの亡き後も折れずにキチンとそれを全うしてくれる」


「〝頼み事〟……?」



 それはなんだと目線を送る。だがリリスは言うつもりはないのか、曖昧に微笑むだけだった。

 それに苛立ちを隠さず睨みつければ、リリスがふっと笑んだ。



「ねぇリィ、わたしは人間に生まれ変わるわ。そして必ずまた貴女の前に現れる。きっとよ」


「――は?」



 唐突に告げられた言葉に、わたくしは今しがたの苛立ちも忘れてポカンと口を開けて、間抜けな顔を晒してしまう。

 だが決してわたくしの反応がおかしい訳ではない。おかしいのはリリスだ。


 だって急に何を言い出すのかと思えば、人間になる……?? あり得ない。



「人間って……。お前が創造した天使から更にわたくしが力を奪って生まれた、天使にも遥かに劣る脆弱な生き物よ? お前はわざわざそんな人間に転生すると言うの?」


「うん、そうだよ」



 聞き間違いかと念の為問いかけたが、リリスはやはりそうだと頷く。意味が分からない。

 完全に困惑しているわたくしを他所(よそ)に、リリスは瞳を閉じてポツポツと語り出す。



「……人間は天使から更に細分した、言うなれば貴女が生み出したとも言える生命。わたしはそれに生まれ変わって、そして見てみたいの」


「何を……?」


「貴女が見ている世界を」


「――は?」



 そっとリリスの澄んだ青い瞳が開き、わたくしを捉える。


 

「リィ、わたしは貴女を真に理解したい」


「――――」



 …………意味が、分からない。



「リィ……」


「うるさい、うるさい!! お前にわたくしの何が理解できるって言うの!? お前が人間に生まれ変わると言うなら、その時苦しむようお前に呪いをかけてやる!! そして人間になったお前がわたくしの前に現れると言うのなら、もう二度とそんな口が聞けないように今度は完全にお前の息の根を止めてやる!!!」


「っう……」



 まだ何か言いかけたリリスを遮り、わたくしは持てる力を全て使ってリリスに呪いをかけた。人間に転生したリリスが、人の身には過ぎた女神の力を持て余して、いずれ自滅する呪いを。


 その瞬間わたくしの頬には、なんの感情からなのか分からない涙が一筋、流れ落ちた。



 * * *



 こうして〝女神リリス〟は完全に消滅した。

 そしてわたくしもまたこの戦いで消耗し、肉体は保てずに僅かな力とそれに宿る自我だけが残る形となったのだ。


 ――恐らくこの時、わたくしにも人間に転生するという道はあった。

 しかし人間に転生するということは、神にとっては己より下位の生き物に成り下がるということ。わたくしにはそんな屈辱耐えられなかった。

 故にわたくしは人間達の体を行き来しながら、気が遠くなるような年月を、一人生きながらえていくこととなる。


 リリスが転生した人間――リリス・アリスタルフが生まれる、その時まで――……。



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