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天高く届くは女神の抱擁 15



「…………」


「あ、あの……」



 押し黙ってしまったリィに、今度はどれぐらい大きな声で怒鳴られるんだろうと、わたしは内心ビクビクと身構える。しかし……、



「……別に」



 リィは怒るのではなくわたしから視線を外して、そうポツリと呟くだけだった。



「孤独ならとうに慣れたわ。リリスと道を違えたあの日以来、わたくしが孤独じゃなかった瞬間なんて無いのだもの」


「…………」



〝慣れた〟と言いながらも、小さく縮こまるその姿はどこか物悲しく見える。



「ごめん……、余計なこと聞いた」


「ふん」



 気まずく謝ると、リィはチラリとこちらを見て、肩から長い黒髪を払う仕草をした。



「くだらない同情は結構よ。それよりもお前のその髪と目の色。かつてどの神々もお前の美しさを褒め称えたのに、そんな醜い姿になった気分はどう? さぞや気分が悪いことでしょうね」


「え、色?」



 思わず肩からこぼれ落ちた自身の黒髪を一房手に取る。確かにこの黒髪のせいで、わたしと両親の間には大きな溝が出来たけど……。



「そういえばわたしの髪と目の色が変わったのは、リィの仕業だったね。理由はまさか女神リリスへの当てつけ? わたしの神の神託も、貴女が仕組んだんだよね?」


「ええ、そうよ。わたくしはリリスの死の間際、あの女に()を分け与えたの」


「力……?」



 それは女神リリスを死から救う為に……?

 ……いや。仄暗く笑うリィを見れば、そんな理由でないことは明らかだ。



「女神の力は、人間に転生したあの女には強過ぎる力。器に見合わない力は、ただの呪いでしかない。だからお前は長ずるにつれてわたくしの力の影響が進行し、髪と瞳の色の変化として表に現れたのよ」


「そ……」


「神の神託もそうね。お前が生まれたのはすぐに分かったわ。だから今度こそ、お前に完膚なきまでの絶望を味わわせてやりたいと思って、教会の神父に天啓として囁いたの」


「…………」


「――どう? 今の話を聞いて、流石のお前もヘラヘラしていられないでしょう? わたくしが憎いでしょう?」



 くすりとこちらをバカにしたように笑い、リィが悪態をつく。しかしその表情は、わたしよりもリィの方が傷ついているかのように悲しげだ。

 それはまるで、自分の言葉で自分を傷つけているかのような……。



『リリスとリリス。双子なのに、なんでこんなにも違うのかしら?』


『見てよ、あの真っ黒な髪に目。姉は美しい金髪に青く澄んだ瞳をしているのに、あれじゃ女神じゃなくてまるで悪しき魔女だ』


『うるさい、うるさい、うるさい!!!! そんなに魔女魔女と言うのなら……。いいわ、望み通り〝魔女〟になって呪ってやる――!!』



 そうだ、〝夜の魔女〟と呼ばれたリィはずっと傷ついていた。

 そしてそんな自分をずっと嫌悪して、誰にも悟られないように悪態をつくことで隠していた。


 ――――なのに、



『だってここはリィにとって生きづらいでしょ? リィの心の悲鳴・・・・、もうこれ以上聞きたくない。だったらここを出て、わたし達の世界を創ればいい。そしたらリィが傷つくことはもう、なんにも無いのだから……』



 女神リリスは暴いてしまった。

 でもそれはリィの言うような、傲慢さ故の行動とは違うと思う。恐らく妹を思う、姉としての愛情。

 けれどリィにしてみれば、必死に隠していた己の恥部を明かされる。その屈辱は想像に容易い。



「――ねぇリィ、ひとつ教えて。女神リリスに力を……、呪いをかけたのはどうして?」


「はぁ? だから言ったでしょ、お前に絶望を味わわせる為――」


「それは神の神託だけでも十分だったでしょ? なんでわざわざ(・・・・)、女神リリスの死の間際にそんなことをしたの?」


「それは――……」



 わたしの問いにリィは息を呑み、視線を彷徨わせる。



「別に大した理由なんてない。ただ誰にでも愛されるリリスが羨ましくて、人間になってもそうなるのが許せなくて……」



 ポツリと呟いた声は、先ほどまでの強気なものと違い、小さくか細い。



「だからどんな形でもいい、リリスにわたくしの痕跡を残したかった。どれだけの者達に愛されようと、リリスの一番はわたくしだと思いたかった。最初は本当にそれだけだったのに、どうしてこうなったのかしら……?」


「…………」



『わたしが人間へと転生し、〝リリス・アリスタルフ〟となったのには理由がある(・・・・・)。貴女ならば、〝女神リリス〟では成し遂げられなかったことを必ずや成し遂げられる』



 女神リリスは、妹神の危うい心をよく理解していた。にも関わらず寄り添うことが出来なかったのは、彼女が真に女神であったからだろう。


 自分よりも他人。個よりも全体。


 それは一見冷たく感じるが、神としてはきっと当然の思考。ある意味嫉妬したり、怒ったり、悲しんだり。リィこそ女神なのに、随分人間的なのだと思う。

 だからそんな妹神を真に理解する為に、女神リリスは人間へと転生することを選んだのだ。


 なら、わたしは――――、



「――リィ、貴女をここから出してあげる」


「は?」



 いきなり何を言い出すんだとリィは訝しげな顔をするが、わたしは構わず言葉を続ける。



「貴女はわたしの中に(・・・・・・)入ればいい(・・・・・)。わたしなら貴女の苦悩、哀しみ、全部受け止められる。だってわたし達は元はひとつの存在。夜から生まれた女神――〝リリス〟なんだから」


「何言って……」



 リィが目を見開き、わたしを凝視する。



「わたくしがお前の中に入ればいいですって?? 正気? いかにお前が女神の転生と言えど、今はただのひ弱な人間。自ら自我を捨て、わたくしにその体を明け渡すってことかしら?」


「いいえ、そんなことにはならない。言ったでしょ? わたしなら貴女の全部を受け止められるって――」



 そうわたしが口にした瞬間、リィから禍々しく強大な魔力が溢れ、わたしは両肩を痛いくらいに掴まれて押し倒される。



「……っ!」


「バカにするな!! お前なんかにわたくしの苦しみの何が分かる!!? わたくしの積年の苦悩に比べたら、お前の苦しみなどちっぽけなものだ! 神託を下しても、呪いをかけても! 上手く周りに取り入って、幸せそうな顔をして! そういうところが生まれ変わってもあの女そのままで、本当に反吐が出る!!!」


「っ痛!」



 リィの叫びに呼応するように、彼女の魔力が鋭い刃のように変貌し、わたしの体を傷つける。



「しかもお前は人間になってまで、ルナに愛されてる!! わたくしは嫌悪の目しか向けられたことがないのに! ずるい、ずるいずるい!!! どうしてお前ばっかり! わたくしだって、わたくしだって、誰かに愛されたかった!!!!」


「リィ…………」



 純粋なまでの心の叫び。

 夜の魔女がずっとずっと秘めていた、願い。



「――――」



 それを全部受け止めたくて、わたしは傷だらけの両手をそっとリィの背中に伸ばした。



「――――……なんで」



 荒ぶっていた魔力が消え去り、ぼたぼたと真っ白な床にリィの涙が吸い込まれていく。



「なんでわたくしの欲しい言葉を、温もりをくれるのが、よりによってお前なの? わたくしは、わたくしは……」


「うん、苦しかったよね。けれど、もういいの。もう貴女は一人じゃない。わたしがいる。ずっといる」


「う、ああ……! ああああああああああああああ!!!!」



 泣いて泣いて。

 溶けるくらいにわんわん泣き続けて。


 わたしはそんな夜の魔女の背を優しく撫で、ぎゅっと抱きしめた――。



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