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天高く届くは女神の抱擁 13



 ルナはずっと、あの寮の屋上での出会いを後悔していたの……?


 突然の告白があまりに衝撃的で、わたしは何も言えずに固まる。ショックで先ほど止まった涙がまた溢れ出そうになるが、しかしその前にちゃんと言葉の真意を確かめないといけないと思い直して口を開く。



「後悔って……それってどういう意味? ルナは天使だし、やっぱりわたしの召喚獣になるのは嫌だった? わたしと過ごすのは、つまらなかった……?」


「違う!! そうじゃないんだ!」



 わたしの言葉に、ルナは大きく被りを振って否定する。



「つまらないなんて有り得ない! 守るべき創造神を失い、気が遠くなるような時をひたすら空虚に生きてきた僕にとって、君と過ごす時は何よりかけがえのない時間だった!!」


「ならなんで!?」


「だからこそ、後悔したんだ! 女神リリスに頼まれた(・・・・)通りに、君を女神への覚醒に導いたことを……!!」


「――――え」



 叫んで言うルナの言葉に、わたしは目を見開く。


〝女神への覚醒〟……? 頼まれたって、それって……。



『僕は……本当に大丈夫。女神リリスにふたつ(・・・)、頼まれ事をされているから』


『ひとつは人間と召喚獣に別った天使達を見守ること。そして、ふたつめは――……』



 そうだ。過去で神の楽園で女神リリスとルナに会った時、去り際にルナに教えられた女神リリスからルナへの頼まれ事。

 確かふたつめは――。



『ふたつめは、未来の僕に聞いてみて』



 そう、言っていた。

 つまりわたしが女神の生まれ変わりと知り、女神リリスから力を授かったのは全て、ルナがわたしを導いたからということなの……?

 ザワザワと揺れる心を落ち着かせようと、わたしはギュッと胸の前で手を握りしめ、ルナを真っ直ぐに見つめる。



「でもわたしが前世を知ることは、女神リリスにとって必要なことだったんでしょ? なのにどうしてルナは後悔してるの?」



 静かに問いかけると、ルナは白金の瞳を少し潤ませてわたしを見つめる。

 しかしすぐにそっと視線を外して、顔を俯かせてからポツポツと話し出した。



「……図書館にあった禁書。あれに君が辿り着くように手引きしたのは僕だ」


「!」


「元々僕は人間と召喚獣に別れた天使達を見守ると同時に、人間へと転生した女神リリス――つまり君のことも見守っていた。だからソバカス君が禁書の話をリリスにしたのは本当に偶然だけど、聞いててリリスの覚醒に利用出来ると思ったんだ」


「使えるって?」


「あの二つ頭の化け物は、夜の魔女が天使達から奪った力の成れの果て。女神リリスが取り戻し切れなかった力が魔女の力によって自我を持ったもの。魔獣と呼ばれる存在は全てそうやって生まれたものなんだ」


「え」



 思わずわたしは周囲の召喚獣達を見回す。

 確かに魔獣は召喚獣とよく似た外見をしているが、まさか魔獣の成り立ちが夜の魔女によるものだったなんて。



「だったら魔獣も元を辿れば天使だったということ……?」


「そうだよ。より強大な力を持つ魔獣と君を相対させることで、僕は君の中で眠っていた〝女神としての自分を受け入れる心〟の目覚めを早めさせた」


「……そんな」



 じゃあつまりは禁書の顛末は兄様の見立て通りだった。その上、わたしが女神の生まれ変わりとすんなり受け入れられたのも、ルナの導きによるものだった訳で……。



「…………」



 ――〝女神への覚醒〟


 その為に卒業テストはめちゃくちゃになり、ひいては夜の魔女にアダムが目をつけられるキッカケを作った。



「そんな、そんなこと……」



 じわりと涙を滲ませるわたしを見て、ルナは俯かせた表情を暗く沈ませる。



「ごめん、謝って許されることじゃないのは分かってる。でもその頃の僕は、本当になんにも分かってなかった。君をただの〝女神リリスの転生体〟としか認識していなかったし、他の人間に至ってはまともに認識すらしていなかった」


「……っ」



 ――ただの〝女神リリスの転生体〟


 思ってもみなかった事実を突きつけられて、まるで胸が引き裂かれたかのように痛い。



「でも君や周囲の人間達と接する内に分かったんだ。人間がどんな生き物なのか、彼らにも心があり、感情があり、今を精一杯生きているということを。そしてそう気づいてからは、ずっと後悔していた。僕が犯してしまった過ちを」


「ルナ……」



 ルナが俯ていた顔を上げ、わたしを見つめる。その表情は苦悶に満ちていて、見ているこっちまで苦しくなってしまう。……だけど、


 出会った当初のルナは、眠らないし食事もとらない。全く人間とは違う存在だった。けれど生活を共にする内に、わたしと同じことをしてみたいと言い出して、今となっては当たり前のように人間の暮らしに順応している。


 それは何故なのか。ずっと明確な答えが見つからなかったけど、今なら分かる。


 ルナは〝女神の転生体〟でしかなかった、〝ただの人間のリリス・アリスタルフ〟と向き合おうとしてくれてたんだ……!



「……っぅ」



 ぽろりと自然と涙が零れ落ちる。



「だからリリス、僕は自らの過ちを償う為にも、魔女との因縁は僕の手で終わらせる。君は女神リリスとは違う、別の……今を生きている人間なんだ。そんな君が、大昔に起きた争いにこれ以上巻き込まれることはないんだよ」


「……っ嫌よ!!!!」



 (もっと)もらしく言うルナについに黙っていられず、わたしは口を挟む。



「確かにわたし女神の生まれ変わりってだけで、当時のことは何も知らないし、特別な力だって無い! でもルナはわたしの召喚獣なんだよ!! 自分の召喚獣が自らの体ごと破壊して全てを無に帰すって言ってるのに、それを止めないで見ているだけなんて出来る訳ないじゃないっ!!!」


「……リリス」


「だいたいルナにはもう一つ、女神リリスに頼まれてることがあるでしょう! 元天使達を見守る……。ルナが消えたら、それを誰がするって言うの!?」


「それはリリスに託すよ。君は人間だし、何より僕には聞けない召喚獣達の声を聞くことが出来る。きっと僕よりずっと上手く見守ることが出来るよ」


「……っ!!」



 その言葉に、諦めたような表情に、わたしは涙を手で拭ってぐっと唇を噛む。


 ――だって分かってない。


 勝手にそれが最善の道だって決めつけて、目の前にいる(・・・・・・)わたしの気持ち(・・・・・・・)、ルナは全然分かってない……!!



「じゃあわたしの意思はどうでもいいの!? わたしはルナともっとずっと一緒にいたい!! ルナが消えることなんて望んでない!! 女神の生まれ変わりだからじゃないよ。わたしはルナが好きだから、ここまで来たんだよ……!!」


「リ……」



 わたしの言葉に驚き、ハッとしたように目を見開くルナの隙をついて、わたしはその禍々しく変貌してしまった体を――思いっきり抱きしめた。



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