天高く届くは女神の抱擁 12
「ルナッ!!」
ようやく、ようやく本当のルナに会えた。わたしはポロポロと涙を流して駆け寄ろうとする。
――が、しかし。
『な、何故!? ルナの力は完全に掌握した筈なのに! どうして自我を保てているの!?』
「!!」
焦ったような夜の魔女の声がルナの中から聞こえてきて、わたしの体はギクリと強張った。
どうやら、ルナに取り憑いた夜の魔女はまだルナの中にいるらしい。
「あまり僕を甘く見ないでほしいな。夜の魔女、お前の能力は嫌という程よく知っている。……お前が最後に必ず僕を狙ってくることも、ね。だからそれを利用させて貰った」
『利用ですって……?』
訝しげな声を出す夜の魔女に対して、ルナは努めて冷静な様子で答える。
「お前は女神リリスに、彼女が持てる力の全てをぶつけられ、その肉体を失い、今は〝力〟だけの存在。そんなお前を完全に消し去るには、今一度閉じ込める為の〝肉体〟が必要だった。――だから」
『だから、わざとわたくしの支配を受け入れたという訳!? くっ、そんなことって……! わたくしを外に出しなさいよ!!』
「バカ言わないでよ。お前を消す千載一遇のチャンスが巡ったのに、むざむざ出す訳がないだろう? それより僕は今からリリスに大事な話があるんだから、少し黙ってて貰えないかな」
『はぁっ!? ちょっ……!!』
ルナの言葉を最後に、夜の魔女が沈黙する。それにわたしは恐る恐るルナを見た。
「あの、ルナ……?」
「ああリリス、うるさくしてごめんね。夜の魔女は意識を奪ったから、しばらくは起きて来ないと思うよ」
「い、意識って……」
ギョッとするようなことを平然とした顔で言うので、わたしは大きく目を見開く。
普段とはまるでかけ離れた、禍々しい姿のせいなのだろうか? なんだかいつもより物言いも乱暴な気がする。
「今言ってた、〝大事な話〟って何……?」
「……うん」
わたしが戸惑いながらも尋ねると、ルナはひとつ頷いてから、わたしの背後にいるイシュタル、それに周囲の召喚獣達をぐるりと見渡す。
そしてややあってからわたしに視線を戻して、重く口を開いた。
「……ごめん、リリス。君が僕を追ってここまで来てくれたこと、すごく嬉しいけど……。僕は君とはもう、ここでお別れなんだ」
「え?」
お別れ……??
言っている意味が分からず、わたしはポカンとしてルナを見つめる。するとルナは苦しそうに眉を寄せて言った。
「僕はこのまま体に閉じ込めた魔女を僕ごと破壊し、全てを無に帰す」
「!!?」
「それで女神リリスが愛したものは全て守られる」
「――――は」
何? 全てを……、無に?? え、え? ルナは何を言っているの……?
「ど、どういうこと!? わたし、全然理解出来てないんだけど!!? だって全て守られるって……、ルナは!? ルナまで消えるの!? それじゃあルナは守られていないじゃない!!!」
「…………」
無言は、肯定……。
「ま、待ってよ! そんなことしなくたって、何か魔女を鎮める方法がある筈だよ!! あのねわたし、過去に行って女神リリスに会ったの! その時に力も授かったの!!」
「……リリス」
「ねぇ、イシュタル! イシュタルは夜の魔女のことで何か知らないの!? 他のみんなは!? こんなにたくさんの元天使がいるんだもん! きっと何か、いい方法が……」
「――――ごめん」
「っ!」
召喚獣達を見回し、必死に言い募るわたしの言葉を遮るようにして、ルナがいきなり謝ってくる。
それにわたしはビクリと肩を震わせて、ゆっくりとルナを見た。
「……ルナ、貴方は一体何を思い詰めているの? 今日はこんなことになる前からずっと、なんだか様子がおかしかったよね……?」
「それは……」
わたしの問いかけにルナは少し躊躇した後、意を決したようにわたしをじっと見つめた。
「それは……、僕はずっと後悔していたんだ。あの日あの時、召喚獣を召喚出来ないと嘆く君に声を掛けたことを」
「――――……」
……え?
『絶対大切にするって約束するから出て来なさいよーー!!!』
『それ、ホント?』
後悔??
『……信用出来ないわ。ていうか貴方誰!?』
『誰って酷いなー。君が呼んだんでしょ? 召喚獣だよ。しょーかんじゅー』
まだわたしが落ちこぼれと呼ばれていた時、必死に召喚の練習をしていたら目の前に突然現れた、白い羽根を羽ばたかせて空を飛ぶとても綺麗な男の子。
『よし、これでマーキングしたから大丈夫! 僕のことは〝ルナ〟って呼んで! じゃあまたね、リリス!』
ルナはあの寮の屋上での出会いを、ずっと後悔していたの……?