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天高く届くは女神の抱擁 10

※夜の魔女視点



「リィ……、どうして……」



 リリスとルナの留守を狙った奇襲は、わたくしの想像よりも遥かに上手くいった。


 神の楽園の象徴とも言える神殿を破壊しつくし、どこもかしも魔力を抜き去られて、元は真白かった世界は一面緑の草原。そこにリリスは力なく膝から崩れ落ち、呆然とわたくしを見つめている。

 その様子にほんの少しだけ溜飲(りゅういん)が下がり、わたくしは口の端をつり上げた。



「どうしてって、だって許せないんだもの。わたくしはこんなにも孤独で惨めなのに、お前は多くの者達に囲まれて楽しく過ごしている。だから根こそぎ奪ってやったの」


「そんな……、そんなこと……」



 はらはらと女の目からは大粒の涙が零れ落ち、その膝を濡らす。



「イシュタル……レオナルド、フェニーチェ、チーリン……、みんな、みんな……、ごめんなさい……」


「リリス……」



 顔を手で覆って泣きはらす女の肩に、側に控えていたルナがそっと触れた。

 その様子が妙にわたくしの癇に障る。


 リリスが創造した世界をめちゃくちゃに破壊しても、リリスが愛していた天使達を地に堕としても、まだわたくしの中にある底なし沼のような怨嗟(えんさ)の声は消えて無くならない。


 ――恐らくルナがこの女の側にいる限りは、絶対に。



「ねぇ、取引しましょう。リリス」


「取引……?」



 顔を覆っていた手を下ろし、リリスがわたくしを見上げる。その瞳は今までに見たことがないほど虚ろで、なんの感情も読み取れない。

 しかし〝取引〟という言葉に即座に反応してみせたので、聞く意思はあると判断し、わたくしはそのまま言葉を続けた。



「ええ。このわたくしの中にある、天使達から奪った〝力〟。全部返してあげてもよくってよ」


「!」


「――その代わり」



 そこで言葉を切って、わたくしはリリスに寄り添うルナへと視線を向ける。



「そのルナをわたくしに頂戴。それで神の楽園は元通りよ。ねぇ? 悪くない取引でしょう?」


「!!」



 わたくしの言葉にルナが驚いたように目を見開く。



「どういうつもり? まさか初めからそれが狙いでここを襲ったの……?」


「……そうだと言ったら?」



 わざと煽るように鼻で笑って言えば、以前よりも格段に感情のコントロールが上手くなった筈のルナが、怒りの感情を露わにしてこちらを睨みつけてきた。



「許さないに決まっているだろう!! 天使達を地に堕とし、女神リリスの心を傷つけた!! 君が神の国で〝魔女〟と呼ばれていたのは知っているが、本当にそうだとは思わなかった!! 君は女神なんかじゃない、(けが)れた夜の魔女だ!!!!」


「……っ」



〝そんなに魔女魔女と言うのなら……。いいわ、望み通り〝魔女〟になって呪ってやる――!!〟


 あの日あの時、そう決めたのは自分。

 なのに今更、魔女という言葉を投げかけられたくらいで胸がじくじくと不快なほどに痛むのは、一体なんでなのだろう――。



「よしなさい、ルナ」


「っ、でもリリス!!」



 今までずっと黙っていたリリスがようやく口を開き、ルナを静止する。

 それにルナがリリスの方を振り向き、何事かを言いかけたが、しかし途中でぐっと押し黙った。



「ありがとう」



 そんなルナを見てリリスはふっと微笑み、草で汚れた白い衣の汚れをパンパンと手で払い落とす。

 そしてゆっくりと立ち上がって、わたくしの方へと一歩前に出た。



「……リィ」


「…………」


「ごめんなさい、リィ。それだけはわたし、応じることは出来ないわ」



 まだ涙に濡れて鼻声の癖に、妙に良く通る声が耳に響く。

 しばしの沈黙の後、わたくしは口を開いた。



「……いいのかしら? 取引は決裂。天使達はもう二度と本来の姿には戻れないわよ?」


「たとえ姿が変わっても、わたしのことを忘れても、あの子達はあの子達だもの。でもね、リィ。その奪った力は全て返してもらうわ。ねぇ貴女は今、自分がどんな姿をしているか知ってる?」


「は……?」



 自分の姿……? 

 何故今この状況で、そんなことを言い出すのか。意味が分からないと睨みつけると、リリスがまた一歩、わたくしの方へと足を踏み出す。



「羨ましい、妬ましい、恨めしい」


「!?」


「今の貴女は在りもしない妄執に駆られて、現実が見えていない! こんなことをしたって、孤独は絶対に埋まらない! 貴女がわたしになれる訳じゃない!! もう目を覚ましてよ、リィ!!!」


「うるさいっ!!!」



 そんな目でわたくしを見るな! わたくしを憐れむな!

 リリスから全てを奪いさえすれば! わたくしがリリスになりさえすれば!

 わたくしは、わたくしは……!



「リィ……」



 するとそこでリリスがスッとわたくしの前に右手を差し出した。

 それにわたくしは訝しんで眉をひそめる。



「…………どういうつもり?」


「今ならまだ引き返せる。――ねぇリィ、今度こそわたしと一緒に世界を創りましょう。貴女が決して孤独にならない、そんな世界を」


「…………」



 頬を涙で濡らしながら、それでも優しく微笑むリリス。

 その姿はとても慈悲深く、いじらしい。


 ――そう、誰もが言うのだろう。……でも、



「わたくしはお前のそんなところが大嫌いよ」


「――――え?」



 差し出された手を払いのけると、リリスは心底驚いたような顔をした。



『たとえ姿が変わっても、わたしのことを忘れても、あの子達はあの子達だもの』



 どうしてこんな時まで〝女神〟でいれる!? 割り切れる!? お前の本音はどこだ!?


 いつだってこちらの心は見透かす癖に、こちらには女神リリスの本当の気持ちは絶対に明かさない。

 本音を語らないお前になど、誰が心を開くものか……!!



「リリス!!!」


「!? ルナ!!」



 高ぶる感情のままわたくしがリリス目掛けて放った魔法は、即座にリリスの前に出たルナによって消失される。

 そしてルナがリリスを庇うように立ちはだかり、心底蔑んだ目でわたくしを見た。


 ……どうしてそんな目でわたくしを見るの?


 わたくしはただ、わたくしの方がリリスよりも貴方を大事に出来ると思っただけなのに。

 本来わたくしが手にする筈だったものを、全部返して貰おうと思っただけなのに。



「リリスが大嫌い? 僕はお前こそ、世界で一番大嫌いだよ」



 どうして……?


 神の楽園の魔力という魔力を吸いつくし、リリスに絶望を味わわせて。まだルナこそ手に入れていないものの、概ね目的は達成された。


 ――なのにどうして、


 いつまで経っても、わたくしの心にはポッカリと穴が空いたままなの……?

 いつになったらこの(よど)のような怨嗟が消え、心の渇きが満たされるの……?



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