落ちこぼれの召喚士 1
突然だけど、わたし、リリス・アリスタルフは神様に嫌われている。……そう思ったことが二度ある。
一度目はこの世界の誰もが当然に出来る召喚獣の召喚を出来なかった時だ。
――そう、あれは忘れもしない、魔法学園初等部での初めての授業。自分の召喚獣を召喚しようと言われた時だった。
「我が声に応えよ! 神の御使いよ!!」
可愛らしい声で唱えられる幼い子供達の詠唱と共に、次々とウサギやらネコやらの動物の型をした召喚獣達が次々と出現する。なんとも愛らしい光景だ。
しかし子供達の中の一人があることに気づき声を上げる。
「あれ〜先生ぇ〜、リリスちゃんだけ召喚出来てないよ〜?」
その言葉でみんなの注目が一斉にわたしへと注がれた。
「ホントだ〜、リリスちゃんだけ召喚獣がいな〜い」
「先生どおして〜?」
その時の先生の返答に詰まり、困惑した表情。
事情を知らないクラスメイト達の無邪気な好奇心。
生まれてこの方一度だって召喚獣の召喚に成功したことの無いわたしが魔法学園に入学した時点で覚悟はしていたが、それでも若干7歳だったわたしにとって大勢の前で羞恥の的となるのは、これ以上ないトラウマとなった。
――そして、二度目は……。
* * *
「〝リリス・アリスタルフについては、卒業テストに合格出来なければ高等部への進学を認めず、中等部をもって退学処分とする〟……だってさ」
わたしの隣に居るアダムが、聞きたくもない掲示の内容をわざわざ音読してくれる。
今わたし達が居るのは、魔法学園中等部の掲示板前。
他にも多くの生徒が掲示を見ようと集まっており、中にはわたしのことを面白おかしく話す声も聞こえる。
「ついにリリスが召喚獣を召喚出来なさ過ぎて、学園側がクビを決めたのかな?」
「クビとか言うのやめてよ。卒業テストに合格すればいいだけなんだし」
アダム・ウィルソン。
彼とは魔法学園初等部に入学した頃からの仲で、ふわふわの濃い栗毛色の髪に黒茶の瞳、それにソバカスがチャームポイントの少年である。
魔法学園始まって以来の落ちこぼれ召喚士と言われる、わたしにも気さくに話しかけてくれる貴重な友人でもあった。
「でもさぁリリス、卒業テストって何するか知ってんのか? 召喚獣を使って魔獣を倒すんだぜ。召喚獣を召喚出来ないリリスじゃそもそもテストを受けることすら出来ないんじゃん」
「知ってるけど……」
「お前って座学はいっつもトップなのに、なんで召喚獣は召喚出来ないんだろうな? どんな人間でも召喚なんて当たり前に出来ることなのになー」
「…………」
……まぁ、気さく過ぎて度々わたしのメンタルも削ってくるけども。
「だっ……、だったら召喚獣を召喚出来ればいいんでしょ! 卒業テストまでまだ一週間あるんだもん! やってみせるわ!」
「なっ!? だってお前、それが出来ないから9年間……」
「――言いましたね」
アダムがまだ何か言いかけていたが、しかしそれを遮るように聞こえた鋭い声に、周囲の温度が急に氷点下まで下がったような気がした。
見ればツカツカと廊下を歩き、鷲鼻の背の高い女性がこちらに向かって来る。すると掲示板に群がっていた生徒達は蜘蛛の子を散らすようにあっと言う間に去って行った。
そして横にいた筈のアダムはというと、いつの間にか遠くの壁際に避難している。あの裏切り者め。
「マ、マグナカール先生……。何かわたしにご用でしょうか?」
姿勢を正してなるべくにこやかにそう問いかければ、先生は神経質そうに眼鏡を押し上げ、ふんと鼻を鳴らす。
「その掲示のことですが、今朝の学園長会議で貴女は中等部をもって魔法学園を退学とすることが決まっていたのです」
「えっ!?」
「……しかし貴女のお兄様――エルンスト・アリスタルフ様が学園長達を取り成され、高等部に進学するチャンスを貴女に与えることになりました」
「兄様が……? あの、それじゃあ、そのチャンスって言うのが……」
「もちろん掲示の通り卒業テストのことです! いいですこと!! リリス・アリスタルフ!!!」
くわっと叫びながら、マグナカール先生がわたしの肩を思いっきり強く掴む。
い、痛いし、何より般若のような顔がどアップで怖い。
「エルンスト様が! わざわざ落ちこぼれの貴女なんかの為に! 自ら! 学園長達を説得なさったのよ!! 何としてでも召喚獣を召喚なさい!! 絶対にエルンスト様に恥をかかせてはダメよ!!!」
「は、はい……」
勢いに呑まれてカクカク頷けば、マグナカール先生は満足したのか、またふんと鼻を鳴らして去っていく。
それを見計らって、アダムがひょっこりとわたしの隣へと戻ってきて、顔をしかめた。
「……やべー、相変わらずのエルンスト様狂。リリスお前、このままいったら退学より先にマグナカール先生に殺されんじゃね?」
「やめて。考えたくない」
卒業テストまでの猶予は一週間しかない。
召喚獣を召喚出来ないことが原因で、まさか退学になるかも知れないなんて……。
――リリス・アリスタルフ、15歳。
やっぱりわたしは神様に嫌われてるみたいだ。