第7章 婦女暴行事件 3
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
「何、失敗した?」
黒湧は、驚きの表情を浮かべた。
「はい。女どもに、もの凄く強いボディーガードが、付いていました・・・」
「バカ女どもに、ボディーガードを雇うような金があるというのか?」
「いいえ。多分、女どもにそんなボディーガードを雇えるような資金は無いと思います」
「だったら、何故?」
今までとは違う事態に、黒湧は苛立った口調で問い質す。
「バカ女どもに、もの凄いバックが付いたようです。その人物が、弁護士費用やボディーガードの費用を出したようなのです」
取り巻きの言葉に、黒湧は腕を組んだ。
「ボディーガードと言っても、そこらの警備会社の警備員では無いだろう。警察が警護に着く可能性は低い・・・」
「黒湧さん。どうやら、ボディーガードは、暴力団関係者らしいです。うまく逃げた奴の話では、口調や仕草等は暴力団の組員たちに、そっくりだったと言っていました」
「暴力団・・・ただの専門学生が、そんな連中とつるんでいると・・・?」
「間違いありません。アジトも襲撃され、アジトにいた者たちは、全員連れていかれました。例のブツも全部持って行かれました」
「ま、不味いですよ。坊ちゃん・・・!」
川松が、ブルブルと足を震わせながら、叫んだ。
「持ち去られた物の中には、性犯罪に繋がる証拠があります。それを警察に提出されたら、私たちも終わりです!」
「落ち着け」
オロオロとする川松に、黒湧が静かに言った。
「暴力団が押収したなら、証拠として裁判所が認める訳が無い。それどころか暴行、傷害、誘拐、監禁、強盗の容疑で、連中が逮捕される。それに暴対法違反で、暴力団そのものが潰される可能性がある。脅しには来るだろうが、こっちには凄腕の弁護士がいる。何の問題も無い。そうだろう、川松?」
黒湧は鋭い目で、川松を見る。
「お前は、そのためにパパが用意した弁護士だ。もしも、僕たちに何かあれば、君の弁護士人生は終わるよ」
「は、はい!それは、もちろんの事・・・お任せください!」
「それに、これは好都合だ」
黒湧は、ニヤリとした。
「バカ女どもが暴力団とつるんでいるなんて、学校も知らないだろう。それをネタにバカ女どもを脅せば被害届を取り下げるだけでは無く、僕たちが飽きるまでバカ女どもを、オモチャに出来る」
黒湧の言葉に、取り巻きたちが、歓声を上げた。
「さっすが、黒湧さん!」
「やっぱり、俺たちのリーダーだ!」
「墓穴を掘ったのは、バカ女どもだ!」
等々と、手下たちが口々にそう言った。
「では、早速。女性たちと、弁護士を喫茶店に呼び出しましょう」
川松が、いかにも悪人のような笑みを浮かべながら、進言した。
「ああ。この事については、バカ女どもに付いている弁護士も、知らないだろう。裏に暴力団が関わっているという事を知ったら、弁護を引き下がるはずだ」
黒湧が言い終えると、取り巻きの1人が、冷えたシャンパンを持って来た。
「前祝いとして、こいつを空けましょう!」
「ああ。俺たちのバラ色の未来を祝って」
黒湧が頷くと、別の取り巻きが、シャンパングラスを持って来た。
シャンパンを持った取り巻きが、シャンパングラスにシャンパンを注ぐ。
「では、酒が行き渡ったところで・・・」
黒湧が乾杯の音頭を取る。
「トラブルが無事解決する事に、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
黒湧たちが、シャンパングラスを掲げ、いっきに飲む。
前回、話合いが行われた喫茶店。
店内の8人が座れる席に、弁護士の木本、霞、馬田と2人の友人が座っていた。
向かいの席には、黒湧と弁護士の川松、2人の取り巻きが座っていた。
「ご注文の品です」
ウェートレスが、ドリンクをテーブルに置く。
「さて、木本先生」
川松が、口を開いた。
「何でしょう?」
「先生は、ご存じですかな?そこのお嬢さんたちの背後には、暴力団がいるという事を・・・?」
「ええ。知っています」
「は?」
木本の思いもよらない回答に、川松が声を上げた。
黒湧たちも、目を丸くしている。
「知っております。正確には、私が顧問弁護士をしている方が、雇った人たちですから」
「え、え~と・・・」
川松が、額の汗を拭く。
「貴方程の方が、そのような人たちと付き合う人の顧問弁護士をなさっているとは、信じられませんな・・・」
「はて?それは、どうでしょうか?」
木本が、涼しい顔をしながら、ホットコーヒーを飲む。
「それなりの名声がある方でも、暴力団等の反社会団体の顧問弁護士になっています。この国では、誰でも法律の保護を受ける権利を有するのですから」
「そ、それは、そうなのですが・・・」
川松の額から、流れる汗が多くなる。
「貴方も昔は、ご尊名な方でした。弁護士を雇う事の出来ない被疑者の弁護人として、刑事裁判で無罪を主張した。さまざまな無罪になるような証拠を集め、警察の違法捜査を見つけ、そこを突いた。当時、特捜部の検事だった頃、私は、何と正義感の強い方だ、と思いました。しかし、貴方は変わった。政治家から大金を積まれるようになって、貴方は、悪徳政治家の弁護士として、黒い物を白い物に変えた。もちろん、正義と悪の定義なんて、政治家と一般国民とでは、同義では無いという事は、重々承知しております。この国と、国民の未来がより良い方向へと向かうために、あえて悪徳という名の泥を被る覚悟をしていらっしゃる方もいます。ですから、そちらにいらっしゃる黒湧氏の、お爺様やお父様が、この国の法を犯してさえいなければ、貴方の本来の雇い主である、ご両方に類が及ぶ事も無いでしょう」
「・・・・・・」
「これは、貴方が顧問弁護士をしている黒湧県議会議員の息子さんと、その友人たちが行った性犯罪の証拠です。それと証言です」
木本は、ノートパソコンに保存されているデータの画像を見せた。
「これが証拠になりますかね?暴力団が入手した証拠等、裁判では証拠としては認められませんよ」
「ええ、そうです。ですが、逮捕する証拠としては十分ですし、黒湧氏及び友人等の関係者たちの家等を家宅捜査する事は出来ます」
「・・・・・・」
「その中から、貴方方を有罪に出来る証拠が見つかるでしょう。すでに、警察は動いています。貴方方の様子を見る限り、暴力団が被害者たちの裏にいる事を知って、それをネタに脅せると思っていたようですね。そのため、警察が自分たちに捜査を行う事は想定外のはず、もはや、強制性交等罪の容疑で逮捕、起訴されるのは時間の問題でしょう。それに、貴方方も、反社会的団体に依頼して、彼女たちを脅迫、暴行をしようとしましたね。これも、十分犯罪として成立します。この件についても、警察から追及されるでしょう」
「・・・・・・」
「ふざけんな!」
その時、黒湧の取り巻きの1人が、カッターナイフを取り出し、木本に襲い掛かかろうとした。
彼だけでは無い。
黒湧や、もう1人の取り巻きもカッターナイフを取り出し、テーブルの上に立った。
しかし・・・
周囲の席に座っていた男女たちが、一斉に立ち上がり、男たちが、黒湧たちを取り押さえた。
「警察だ!黒湧和樹!銃刀法違反、暴行未遂の現行犯で逮捕する!」
黒湧たちは、客に変装していた警察官たちによって逮捕された。
婦人警察官たちは、馬田たちを保護した。
「放せ!放せ!」
「てめぇら!汚いぞ!」
「くそぉ!何で、サツどもが張ってだよ!」
黒湧たちは、手錠を掛けられ、即座に連行されて行った。
「ご苦労様です。グットタイミングです」
木本が先任の警察官に、告げた。
「鮫島。お前のおかげで、今回の件が、うまく行った」
「別に俺は何もしていないよ。単に半グレ集団の車と容疑者どもの車を、特定しただけだ」
月詠宅の娯楽室で、月詠と鮫島が、ソファーに座っていた。
月詠の膝では、哲が丸まっている。
鮫島の膝の上では、黒猫が座っている。
『お昼のニュースです。昨日の昼に銃刀法違反、暴行未遂で現行犯逮捕された黒湧和樹容疑者と、その一派についてです。警察は、黒湧容疑者のマンションの部屋を、家宅捜査しました。家宅捜査の結果、複数の性的犯罪を行った事についての証拠が見つかりました。黒湧容疑者には、市内の専門学校生に対する性的犯罪について被害届が出ています。さらに、黒湧氏の顧問弁護士が、黒湧氏の性的犯罪について、証言をしています』
大型液晶テレビでは、お昼のニュースが流れている。
「あの悪徳弁護士。自分の免責を条件に、黒湧の犯行を証言するとは・・・」
「元々、黒湧県議会議員に雇われていた弁護士だ。あくまでも、父親と祖父に雇われていたのであって、息子に付いては、オマケ程度だからな。それなのに、父親と祖父の権力を、さも自分の力の様に勘違いして尊大に振舞っていたのが、運の尽きだった」
「もう少し謙虚な態度だったら、顧問弁護士も親身になってくれただろうに・・・自業自得だな」
黒猫の頭を撫でながら、鮫島がつぶやく。
『黒湧容疑者の犯行に関連して、黒湧県議会議員及び黒湧参議院議員に対し、収賄及び贈賄等の容疑で、高松地方検察庁が、両議員自宅の家宅捜査をしました。身内が経営する企業から多額の資金を受け取っただけでは無く、企業に勤める従業員たちに多額の資金を提供し、自分たちに投票させた、という公職選挙法違反の容疑も持たれています』
「やれやれ。金の切れ目が縁の切れ目って・・・か。まあ、色々な裏事情から煮え湯を飲まされていたって人も、多そうだしな。手の平グルンは当然ってか」
「まあ、そうだな。それだけでは無く、あの弁護士も不良息子に振り回されて、不満がたまっていたようだ。それなりに、使い道はある」
「これで、事件は解決だな」
「ああ」
月詠と鮫島が、テーブルに置かれたハイボールを飲む。
「このバーボン。なかなかうまいな」
「だろう?」
「香川県警は、今頃、大忙しだろうな」
「そうだな。俺たちに出番をとられて、捜査に躍起になっている」
『先ほど、黒湧容疑者が通っていた大学の広報課が取材に対して、こうコメントしています。「当大学に通う生徒が、このような犯罪を行った事に付いて、大変、遺憾である。被害に遭われた女性たちには、謝罪の気持ちしかありません」との事です』
「いつも通りだな」
「いつも通りだ」
月詠と鮫島が、ハイボールを飲み干す。
「おかわり、いるか?」
「ああ。頼む」
月詠が鮫島からグラスを受け取り、バーボンを淹れる。
その後、炭酸水で割る。
「どうぞ」
「ありがとう」
鮫島は、ハイボールを受け取り、飲む。
月詠も、自分のハイボールを作る。
「しかし、これで埃を払う事が出来たな」
「ああ。黒湧国会議員と黒湧県議会議員は、とあるカルト宗教団体に資金提供を行っている。そのカルト宗教団体は、あの国の諜報員と接触している」
「その情報なら、俺も掴んでいる。最近、やたらとミサイル発射を行っているな。表向きは米韓合同演習に対する威嚇行為と主張しているが・・・やはり」
鮫島の言葉に月詠が頷く。
「うむ。日本国内を混乱させる。国家転覆を狙っている」
「日本海側の警戒は、社会秩序庁からの情報提供で、海上保安庁と県警察本部警備部公安課が厳重にしている」
「だが、十分とは言えない。右翼的発言が目立つ国会議員が、第3国からのゲリラ・コマンドに対して自衛隊が平時でも展開出来るようにする法案を提出した」
「しかし、野党の反対があるだろう」
「あるだろうな」
月詠と鮫島は、今回の1本の矢が大きな混乱を招く事を想像した。
竹本と霞は、とある喫茶店のカウンター席に腰掛けていた。
2人の前にあるカウンターテーブルには、紅茶の入ったティーカップとケーキが置かれていた。
「黒湧たちは、これで終わりよ。今まで犯してきた罪を償う時が来たわ」
竹本が小さな声で、霞に語り掛ける。
「父親と祖父、叔父の力を頼りにしていたようだけど、父親も祖父も公職選挙法違反や裏金等の罪状で、逮捕されたわ。黒湧の顧問弁護士も、自分の身の安全の為に警察に洗いざらい話しているし、これまで、泣き寝入りしていた他の被害者たちも声を上げ始めたわ」
「うん。木本先生の話だと、最低でも黒湧は15年以上の拘禁刑が科せられるって、言っていた」
「そう。実際は、これよりも長くなる可能性があるわ」
「皆も、これで元の道に戻れるって、言っていた」
今回の事件で、彼女たちが受けた心の傷は、そう簡単に、癒える傷では無い。
一生、癒える事の無い深い傷である。
それでも、そうやって前向きな言葉が出るのなら、たとえ少しずつでも前に進んでいく事は不可能では無い。
「友達に伝えて、何かあったら、私に相談して。何でも相談に乗るから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
霞は、ケーキを食べる。
「それも、これも、月詠さんのおかげね」
「ええ。あの人は、常に先に行っている。犯罪を憎み、犯罪者と、その支援者たち・・・木の枝では無く、根っこごと抜く」
「ふうん」
霞が、鼻を鳴らす。
「お姉ちゃん。男の人の話をするなんて、あんまりなかったね?」
「そう?」
「そうだよ、お姉ちゃん。大学も勉強、勉強って、恋愛に関心なかったじゃない。警察官になっても、仕事、仕事と言って、合コンにも参加しなかった」
「そうだね・・・」
「ねぇ、お姉ちゃん。月詠さんって、いくつ?」
「30歳って、言っていたわ」
「30歳か・・・私と10歳違いだね・・・」
「え?」
「前に言っていたけど、お姉ちゃんと月詠さんって、仕事上の関係だよね」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、私の彼氏にしてもいいよね」
「もちろんよ」
「じゃあ、アタックしなくちゃ!」
「パティシエの勉強は?」
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。勉強と恋愛は、きちんと両立させるから」
「・・・・・・」
自信満々の妹の言葉に、竹本は鼻を鳴らす。
「でも、お姉ちゃんが、仕事上の関係では無く、月詠さんを異性として意識したとしても、私、負けないからね」
「・・・その可能性は、無いと思うけど・・・」
竹本は、少し悩んでから、つぶやいた。
「だって、警察官って、職場恋愛が普通じゃないの?ネットニュースで、書いていたよ」
「ま・・・まあね」
竹本も、そのネットニュースが、まったくの嘘では無い事は知っている。
警察官という仕事上、外部の異性とは、なかなか付き合えない。
だから、職場恋愛が始まるのである。
カラン、カラン。
喫茶店のドアが、開く音がした。
「あっ!」
「萌お姉ちゃん!」
霞が、手を振る。
高松地方検察庁で、新人検事として勤めている竹本萌が入店した。
「恵、霞。早かったわね」
「うん。萌お姉ちゃんに、久しぶりに会えるから、早く来たの!」
「そう」
萌が恵の隣に、座る。
3人が雑談していると、3人の席が見えるテーブル席に、2人の女性が座っていた。
「香川県警警備部公安課長ですか?警察庁警備局警備企画課に所属していた貴女が・・・ですか?」
「そう言う貴女も、防衛省安全保障局に所属していたけど、中国四国防衛局に配属された」
「情勢は、逼迫しているのです。私の上司も落ち着かない様子です」
「私の所も同じよ。警察の威信にかけて、職務を遂行しろと、警察庁長官に喝を入れらたわ」
第7章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。