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桜花 ~社会秩序庁の事件簿~  作者: 高井高雄
7/14

第5章 婦女暴行事件 1

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

「見事な知識と記憶力だな。禎彦」


「まあな」


 月詠が、感心した表情で、つぶやいた。


 社会秩序庁四国管区香川支局鮫島班の班長である鮫島(さめじま)禎彦(よしひこ)は、観音寺警察署の駐車場で煙草を吸いながら、その称賛に答える。


 今回、観音寺市市議会議員の孫が、何者かに轢き逃げされた。


 観音寺警察署交通課と香川県警察本部交通部は、轢き逃げ事件として、目撃者や被害者の証言を元に捜査していたが、対象になる車が多く、捜査が難航した。


 そこで、香川県警交通部が川本を経由して、轢き逃げ事件の捜査協力を、桜花に依頼した。


「俺に掛かれば、こんな交通事案は、簡単だよ」


「それを言ったら、県警の交通部と所轄の交通課の捜査員たちが、無能だと思われる。香川県警は、他の県警に誇れるほど、交通事件や交通事故を解決出来るエキスパート集団だ。他の県警や警視庁にも、交通捜査員を派遣している」


「だが、どんなに優秀でも、限界がある。法律の壁に阻まれて、詳しく捜査が出来ない可能性もある」


 今回の轢き逃げ事件で、所轄の交通課と県警の交通部が、何故、轢き逃げの車を特定出来なかったのかと言うと、目撃者の情報が全て違っていたからだ。


 実は、轢き逃げ事件を起こした容疑者は、観音寺市内に住む有力者の息子であったからだ。


 その有力者には、政治家だけでは無く、ヤクザや半グレ集団等、後ろ暗い連中との付き合いがあるとの噂があり、地元の住民は、迂闊な事を警察に漏らせば嫌がらせや、悪ければ暴行等を受けるのではと恐れられていた。


 そのため、地元住民たちは、容疑者が特定されないように、事実とは異なる情報を捜査関係者に流していたのだった。


「明日の週刊誌の記事やニュースでは、この件が、トップを飾るだろうな」


「それでいい。車で人を撥ねておいて逃げるなんて、言語道断だ!それに、権力を使って揉み消しを計ろうとしたんだからな」


 鮫島は、煙草の火を消した。


「月詠も、別件で半グレ集団を壊滅させてくれて、ありがとう。あれのおかげで事件を解決する事が出来た」


「連中。うちと協力関係にある暴力団の柿澤会と、トラブルを起こしていてね。県民に被害を出さない条件で、半グレ集団を絞めてくれるなら、警察による介入は無いと約束したからな。それに、連中は不当な、みかじめ料をとっているだけでは無く、近隣地区での問題行動が目立つと、裏社会では有名だったからな」


「後は、所轄の交通課に任せて、事件は解決だ」


「だが、交通事案では、最高刑は20年ぐらいだからな。人の命を危険に晒しておいて、その程度とは、罪が軽い気もするが・・・」


「今回の事件だったら、最高刑は10年だね。それに有力者の息子だから、親の金で、私選弁護士が、事件の弁護をするだろう。金持ちは、いいね・・・どんな悪事をしても、罪を軽くする事が出来るんだからな」


 鮫島は、嫌味な口調で、つぶやいた。


「今回は市議会議員の孫だからな。奴の事だ。金に物を言わせて、告訴を取り下げてもらうなんて事も、あるだろうな」


 その有力者は、被害者の祖父である市議会議員とは、あまり関係は無いが、他の有力な市議会議員を支援している事もあり、有形無形で、そちらからの圧力がかかるという事も、容易に予想出来る。


「嫌な話だ。そいつら、片付けていい?」


「駄目に、決まっているだろう」


「俺たちは、秘密組織だよ」


「秘密組織でも出来ない事はある。政治家の汚職や犯罪については、議会からの要請が無い限り、介入は出来ない」


「ちっ、駄目か・・・」


 腹立たしい表情を浮かべて、鮫島は地面に唾を吐く。





 竹本は、月詠宅の娯楽室で、ソファーに座っていた。


「はぁ~・・・」


 無意識に、ため息を付いた。


 灰色の猫が、竹本の膝の上で丸まっていた。


 竹本が悩んでいる事が、わかっているのか灰色の猫は起き上がり、竹本の顔をペロペロと舐めた。


「心配してくれるの?」


 竹本は、灰色の猫の頭を撫でる。


「ニャー・・・」


 猫は、嬉しそうに鳴き、ゴロゴロと喉を鳴らしている。


 その時、娯楽室のドアが開いた。


 寝ていた犬や他の猫たちが飛び起きた。


 特に茶色の柴犬、吹雪(フブキ)、とボーダーコリーの伝助、キジトラの猫の()()(テツ)が、我先に駆け寄った。


 他の犬や猫たちは、遅れて駆け寄る。


「よしよし」


 月詠であった。


 吹雪と伝助は、飛び付いてはしゃいでいる。


「先客がいたか?」


「あっ、月詠さん」


「どうした?悩み事か?」


「え?」


 月詠の質問に、竹本は驚いた。


「表情を見れば、わかる」


「そうですか・・・」


 月詠は、竹本の向かい側のソファーに腰掛けた。


 美緒と哲が、月詠の座るソファーに上がり、膝の取り合いを始めた。


「何か事件か?」


「はい」


 竹本は、ため息を付いて、口を開いた。


「私の妹の友人が、被害者なんです・・・」


 話によると、竹本の妹は高松市内にあるパティシエの専門学校の学生で、友人たちと香川県内にある大学の学生たちと春休みに、キャンプに行く事になったのだ。


 妹は風邪を引き、行けなくなったのであるが、妹の友人たちは参加した。


 未成年という事もあって、バーベキューでは、アルコール類は一切出なかったのだが、妹の友人たちは、全員が強い眠気に襲われたそうだ。


 そのまま意識を失っている時に、事件が起きた。


 妹の友人の1人が違和感を覚えて、朦朧とする意識の中で、目を覚ました。


 意識がはっきりとしないため、あまり詳しく覚えていないが、記憶の断片の中で、自分たちは、大学生たちから性的暴力を受けていた。


 だが、靄がかかったような意識と、身体が動かなかった事もあり、それが夢か現実か、判別する事が出来なかった。


 意識を取り戻すと、キャンプ場の休憩室で寝かされていたという。

 

 妹の体調が回復すると、友人たちから、その時の事を相談された。


 友人たちの記憶は曖昧で、はっきりとしないが、確かに性的暴力を受けたと告白された。


 妹は、すぐに友人たちに産婦人科を受診するよう促して、竹本に相談した。


 幸いにも竹本は休日であったため、相談に乗る事が出来た。


 竹本は、ただちに警察に相談し、被害届を出すように告げた。


 友人たちは、それに従い被害届を出した。


 しかし、意識がはっきりしない上に記憶も曖昧であった上に、確たる証拠も無い状況だった。


 所轄の警察署刑事課は、件の大学の学生たちに任意同行を求めて事情聴取したが、彼らは性的暴行に付いては否認した。


 さらに彼らは法学部の学生であり、法律について詳しい知識を持ち、さらに私選弁護士の介入より、所轄の警察署刑事課の性犯罪捜査係の捜査員たちは、証拠不十分で性犯罪として認定しなかった。


 それどころか、その学生たちは名誉棄損で、逆に妹の友人たちを訴えた。


「彼らの弁護士の話では、示談にしても裁判にしても、それ相応の慰謝料を請求するという事です・・・」


「ふむ・・・」


 月詠は、顎を撫でた。


「妹の友人たちは、弁護士を雇ったか?」


「残念ながら、弁護士を雇えるお金も無く、親に頼ろうにも彼らの私選弁護士の話術に乗せられて、妹の友人たちが虚偽の主張をしているのでは無いか・・・と、疑っています」


「そうか・・・」


 月詠は、しばらく考え込んでいたが、すぐに顔を上げた。


「なら、俺の弁護士を紹介しよう。弁護士費用は、俺が負担する」


「えっ!?」


 まさか、そう言われると思っていなかった竹本は、驚いて目を丸くした。





「初めまして、木本(きもと)隆行(たかゆき)です。月詠氏の専属弁護士を、しております」


「は、初めまして、竹本です」


 月詠宅の応接室で、竹本は弁護士と接見した。


「お茶をどうぞ」


 月詠が、自ら茶と茶菓子を運んで来た。


「ありがとうございます」


 木本が、頭を下げた。


「それでは竹本さん。話は月詠さんから伺っていますが、もう一度、話してくれませんか?」


「はい」


 竹本が、月詠に説明した話を再び木本に説明する。


 彼女の説明を聞いて、木本が顎を撫でる。


「なるほど。それは、怪しいですね・・・」


「妹の友人たちは、どうなりますか?」


「それはお任せください。訴訟を取り下げさせるだけでは無く、性的暴行に付いても立証してみせます。まず、詳しい事を聞くために、本人たちから直接話を聞かなくてはなりません」


「ですが、何も証拠がありません。立証するには証拠が不可欠では・・・?」


「確かに、そうです。ですが、この件についての事件は、恐らく、これが最初では無いでしょう。他にも余罪がある可能性が高い。彼らの弁護士・・・川松先生については私も知っております。かなり悪徳な弁護士で、黒い噂が絶えません」


「黒い噂?」


「それについては、月詠氏に聞いて下さい」


 竹本が、月詠を見る。


「妹さんの友達に、性的暴行を行った者たち・・・主犯格である黒湧(くろわき)和樹(かずき)は、黒湧(くろわき)(いさお)県議会議員の次男だ。祖父は、国会議員で法務副大臣や国家公安委員会副委員長を歴任した、政治家。叔父は、黒湧建設という土木会社の代表取締役。その長男は、医者をしている。祖父も父親も所謂悪徳政治家というやつで、叔父も様々な違法行為に手を汚している。叩けば真っ黒な埃が濛々と出るだろう」


「その叔父の長男も、手術ミスや若い看護師に対するセクハラ行為等の疑いがもたれています」


「そんな人が、どうして逮捕されないんですか?」


 竹本の当然の質問に、月詠が答えた。


「祖父にしても父親にしても叔父にしても、莫大な資産がある。金に物を言わせているんだ。警察も検察も裁判所も彼らの違法行為を把握しているが、手を出せないのだ。そういった、権力を持った政治家等の不正を暴くのが仕事のはずのマスコミも、連中に懐柔されたり脅迫されていて役に立たない状態だ。さらに、凄腕の弁護士も付いている。なかなか厄介だ」


「そのために、月詠さんたちが属する秘密組織があるんじゃ無いですか?」


「所詮、我々も人間が作った組織の人間。対応には限界がある。特に、我々を管理しているのは政治家たちだ。自分たちの悪行に手を出さないように、俺たちには首輪とリードが付けられている」


「では、今回の件については何も出来ないと・・・?」


「いや」


 竹本の言葉に、月詠が首を振った。


「首輪とリードを付けられているのは確かだが、まったく身動きが出来ない訳では無い。色々と思考を凝らせば出来る事だ。それに、今回の事件については、連中は、これまでの事で天狗になっている。出鼻を挫く事は可能だ。あまりにも目に余ると不快に思っている同業者から、社会秩序庁の方に働きかけもある」


「じゃあ・・・」


「ああ。日本は法治国家だ。ここまで法を愚弄する行為を見逃す・・・という選択は無い」


 竹本の期待に満ちた表情に、月詠が答えた。


「では、私は表から攻めましょう。月詠氏は裏から攻めてください」


「ああ、そうさせてもらう」


「では、竹本さん。妹さんの友人さんたちに連絡出来ますか?今からでも伺いたいのですが?」


「はい、わかりました!」


 竹本は、スマホを出す。


「さて、俺は、いろいろと準備がある。今回は、木本先生と同行してくれ。いろいろと調整が必要だろう」


 月詠がそう言うと、立ち上がる。





 高松市にある、とある喫茶店。


 竹本が妹の(かすみ)に電話し、霞から連絡を受けた友人たちが喫茶店に来店した。


「霞。こっち、こっち」


 竹本が、妹を呼ぶ。


「お姉ちゃん。無報酬で弁護士が(あや)()たちを弁護してくれるって、本当?」


 霞は驚いた表情で、竹本に問いかける。


「正確には、無報酬ではないんだけど・・・」


「えっ?」


「初めまして、弁護士の木本です。月詠氏の顧問弁護士をしております。この度は、月詠氏からの要請で、貴女方の弁護を引き受けました。費用に付いては、月詠氏から頂いておりますので、お気になさらず」


「月詠さんって、誰?お姉ちゃん?」


「月詠さんは、今の私の上司。この件について、相談したら、色々と力になってくれて・・・」


「へぇ~・・・」


「立ち話も何ですから、席にお座りください」


 木本に促されて、霞たちは席に着く。


「ご注文は何になさいますか?」


 ウェートレスが尋ねる。


「私は、コーヒーのお代わりを」


 木本が注文すると、他の女性陣たちも、それぞれ注文する。


「では、早速ですが、お話を聞かせてください」


 木本が、本題に入る。


「綾香」


 霞が、話すように促す。


「・・・はい」


 綾香と呼ばれた10代後半の女性は、弱々しく口を開く。


 彼女の名前は、馬田(うまだ)(あや)()


 19歳の女性。


 高松市内にある、パティシエの専門学校に通う2年生。


 彼女の話を纏める。


 事件が発生したのは、今月の初めである。


 ネットで知り合った大学の男子学生たちと、花見のキャンプをするという事になった。


 男子学生たちは、バーベキューで、馬田たちを歓迎した。


 彼女たちが未成年という事であり、アルコール飲料は一切出なかった。


 男子学生たちは人当たりも良く、話が弾んでバーベキューは、とても楽しかった。


 しかし、提供される飲料や肉、魚、野菜等を食べていると、突然、眠気が襲ってきた。


 男子学生たちは、場の空気に酔ったのか等と話していた。


 馬田たちは、自分たちに用意されたテントに移動し、眠りについた。


 そこで、問題となった事件が起きたのである。


「正直言って、記憶が曖昧で、顔もはっきりしません。もしかしたら、私たちの夢か幻覚だったのかもしれません・・・」


 馬田は、うつむいたまま、つぶやく。


「どうして、夢か幻覚だと言えるのですか?」


「それは、相手方の弁護士が・・・」


「なるほど、相手方の弁護士が、そう言ったのですね?」


「はい」


 木本は、ノートにメモをとる。


 もちろん、ボイスレコーダーにも録音している。


「しかし・・・皆さん全員が、一度に眠気に襲われる事や集団で同じ夢、幻覚を見る可能性は極めて低いです。これは、確かに性的暴行が行われた可能性が高いです。さらに、気を失った女性を介抱もせず、放置して帰るという事は、何かしらの良からぬ事を働いたと言われても仕方がありません。今度は、私の方から所轄の警察署に出向き、改めて被害届を受理するよう伝えましょう」


「彼らの訴えは?」


「それに関しては、私の出せる力を全て出して、貴女方の主張が通るように法廷で発言します。皆様は、何も心配する必要はありません。今は、心のケアに務めて下さい」

 第5章をお読みいただきありがとうございました。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は5月20日を予定しています。

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