第1章 幼女誘拐事件 1
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
香川県警察本部刑事部捜査1課殺人犯捜査第1係第1班に所属する竹本恵巡査は、県警本部の休憩室で、天を仰いでいた。
彼女は、自分の無力さに苛立ちを覚えていた。
何故、そうなっているかと言うと、話は数日前に遡る。
竹本の高校時代の友人から、相談の電話がかかって来た。
電話の内容は、5歳になる友人の娘が、近所の公園から姿を消したというのである。
姿が見えなくなってから、友人は、すぐに最寄りの交番に駆け込み、捜索願いを出した。
所轄の警察署と、消防署及び公園に来ていた他の利用者たちも協力して公園の周囲を捜索したが、発見する事が出来なかった。
友人は、最後の希望という事で竹本に電話してきたのである。
竹本も刑事として、出来る限りの情報収集を行ったが、管轄外の調査であるため、出来る事には限界がある。
所轄の警察署は、事件性があると見て、捜査しているが、有力な情報が見つかる事は無かった。
「はぁ~・・・」
竹本は、大きくため息をした。
「どうしたのかしら?」
突然、声をかけられた。
「はっ!?」
竹本は、我に返った。
「はい!」
「あらあら、そんなに驚く事は無いわ」
顔を上げると、スーツ姿の女性が笑みを浮かべて、立っていた。
「え~と、貴女は?」
「申し遅れたわ。中国四国管区警察局四国警察支局警備・公安事案調整室・室長の川本美由紀警視」
警視という単語を聞いて、竹本は慌てた。
一介の巡査からしたら、雲の上の上に位置する幹部警察官である。
「失礼しました!私は、県警本部刑事部捜査1課殺人犯捜査係の竹本巡査です!」
「そんなに改まる必要は無いわ。私も、公務を終えて、休憩中だから・・・」
「そ、そうですか・・・」
「それで、何か悩み事?私でよければ相談に乗るわ」
川本の優しい声に、竹本は、心を奪われた。
気付いた時には、彼女は川本に、事の顛末を洗いざらい話していた。
「友人の娘が、行方不明・・・ね」
「はい。友人として警察官として、何とかしてあげたいのですが、何も出来ない自分に腹が立って・・・」
「行方不明事件若しくは誘拐事件という所かしら・・・その事件を、もしかしたら解決できるかもしれない人がいるの。その人に頼んでみる?」
「え?」
「善は急げ、早く行きましょう」
川本が、竹本の手を引く。
彼女は、自分に随行している幹部警察官に、色々と指示を出した。
「かしこまりました」
随行の幹部警察官は、2つ返事で了承した。
「あの・・・?」
竹本は、状況を掴めずオロオロしている。
「そうだ。これから行く場所は、車で行くのは難しいから、タクシーで行きましょう」
川本が、タクシー会社に連絡し、タクシーを一台手配した。
5分後、県警本部庁舎の手前で、タクシーが一台停車した。
竹本は川本に連れられて、タクシーの後部座席に座った。
川本は、行き先を運転者に告げた。
「はい、わかりました」
運転者は、タクシーを発進させた。
30分程タクシーを走らせた後、目的地のコンビニに停車した。
川本が、会計をすませて、タクシーを降りた。
「ここが、目的地ですか・・・?」
県内の何処にでもあるコンビニを眺めながら、竹本がつぶやく。
「ここから歩くわ」
川本は、そう言って歩き出した。
竹本も、後を追う。
5分ほど、歩いた所で、大きな家を発見した。
「あ、言い忘れていたけど、同居人たちは訳ありの人たちばかりだから、注意してね」
「え?は、はい・・・」
訳あり?という事は、刑務所上がりの人なのか、竹本はそう思った。
「あっ!金森さ~ん!」
川本は、大きな一軒家の門柱前に植えられている花壇の手入れをしている、スキンヘッドの中年の男に声をかけた。
金森と呼ばれたスキンヘッドの中年の男は、手を止めて立ち上がった。
その男から流れるオーラや雰囲気から、暴力団関係者であると、竹本は直感した。
「月詠さんは、いらっしゃるかしら?」
(月詠さん!?)
川本の言葉に、竹本は驚いた。
「え?え?月詠さん?え?」
知っている名前を聞いて、竹本は、目を白黒させる。
「あら、知り合いかしら?」
竹本の反応を見て、川本は聞く。
「はい、でも違いますね。あんな正義感が強い人が、暴力団関係者と繋がりがあるなんて・・・ま・・・まあ、珍しい苗字で、なかなか聞いた事は無いですけれど・・・多分、同姓の別の人だと思います」
「そうかしら?」
川本は、どこか面白そうな表情を、浮かべた。
「来客があるのは聞いておりますが、川本さんがいらっしゃるとは、聞いていませんが・・・?」
スキンヘッドの中年男は、首を傾げる。
「ええ、今日は突撃訪問よ」
「そうですか・・・親分は、庭にいます」
「そう。では、お邪魔するわね」
川本が、門柱を開ける。
すると、玄関付近に立っている若い男が、寄ってきた。
「え?え?どうなっているの?」
竹本は、その男を見て、戸惑った。
川本は、クスクスと笑った。
「あの、あの方は警察官ですよね?」
「そうよ。正確に言えば、香川県警機動隊に所属する警察官よ。この邸宅の警備を任されているの」
「機動隊?」
「お疲れさまです。川本室長」
その警察官は、挙手の敬礼をした。
「そちらの方は?」
「香川県警刑事部捜査1課の刑事よ」
「川本室長・・・いくら警視でも、部外者の方を伴って、アポ無しで訪問してくるのは警備責任者として、無視できませんよ」
玄関から、完全装備の機動隊の警察官が出て来た。
「まあまあ、そんな固い事は、言いっこなしよ。月詠さんからは、いつでもウェルカムと言われているわ」
「そ、そうですが・・・」
「川本室長。アポ無しという事は、よっぽどの事件ですか?」
「あっ!?」
声をした方向に振り向くと、竹本が声を上げた。
「おや。君は、あの時の・・・?」
「乗馬中ですか?お楽しみの所、失礼しましたわ」
黒いサラブレッドの馬に乗った男が、騎乗のまま見下ろしていた。
馬の足元には、ボーダーコリーの犬が立っていた。
「ヘッヘッヘッ・・・」
ボーダーコリーの犬が、尻尾を振りながら川本に近付いて来た。
「デンちゃん。お出迎え、ありがとう」
川本が、デンちゃんと呼んだボーダーコリーの頭を撫でる。
ボーダーコリーは、心地よさそうに目を細める。
ひとしきりナデナデされて満足したのか、ボーダーコリーは、今度は竹本の側に寄り、尻尾を振る。
鼻でツンツンと、竹本の手を突く。
「申し訳ない。婦警さん、伝助は人懐っこい犬なのでね。良かったら、頭を撫でてやってくれないか?」
「あ、はい・・・」
竹本は、伝助と呼ばれたボーダーコリーの頭を撫でる。
「月詠真人班長でいらっしゃいますか?」
竹本の背後から、声がした。
「そうだ。騎乗で失礼」
竹本が振り返ると、自分と同じ歳くらいの女性が立っていた。
「陸上自衛隊陸上総隊直轄部隊中央即応連隊普通科部隊所属の佐藤敦美3等陸尉です」
佐藤敦美と名乗った気の強そうな女性は、不動の姿勢から挙手の敬礼をした。
「敬礼はよせ。俺は、精神障害者の元海上自衛官だ」
月詠は、馬から降りた。
「こいつを厩舎に入れてくるから、応接室で待っていてくれ」
「わかりましたわ」
「了解しました」
「では、こちらに」
警備責任者の警察官が、案内する。
竹本が川本と共に玄関に入ると、下駄箱の上に大きな水槽と小さな水槽があった。
「あ、カメだ」
大きな水槽の中にいるリクガメが、ガラス越しに、こちらに顔を向けていた。
まるで、「いらっしゃい」と、言っているような感じがした。
「ロシアリクガメの、リクよ」
竹本がリクガメを見ているのに気付いたのか、川本が教えてくれた。
小さな水槽の方では、様々な種類のメダカが泳いでいた。
「月詠さんって、動物が好きなんですね」
「他にも好きな物が、あるわよ」
「・・・・・・」
佐藤は何も言わず、靴を脱いでいた。
川本は、そんな佐藤を面白そうな表情を浮かべながら、眺めていた。
「佐藤さんについては聞いていますから、書類にサインするだけでいいですが、川本さんと・・・え~と・・・」
「あっ」
警備責任者の巡査部長に竹本は、まだ名乗っていない事に気が付いた。
「香川県警刑事部捜査1課の、竹本恵巡査です」
警察官だけに伝わる、自分が警察官である事を示す合図を竹本は出した。
「では、竹本さん。手続きがありますので、こちらの書類に記入をお願いします」
それを確認した巡査部長は、書類を差し出した。
「神原巡査部長。そんな手間のかかる事は、しなくていいわよ」
「規則です」
「えぇ~!!」
「・・・・・・」
佐藤は、何も言わず出された書類にサインを書き込んでいる。
川本は、来訪者の先任者として出された書類に記入する。
「では、川本さんと竹本さんは、控室でお待ち下さい。佐藤さんは、こちらです」
川本と竹本は、控室に入った。
ソファーに座ると、川本は自分の家のようにリラックスしていた。
「竹本ちゃん。ここに座りなさい」
「はい」
言われるまま竹本は、川本の隣に座る。
「飲み物は、何にしますか?」
外国人訛りのある日本語で、10代前半と思われる少女が、2人に尋ねる。
顔立ちから日本人らしいのだが、明らかに日本語が上手く喋れない様子だ。
「ミキちゃん。私は、紅茶をお願いするわ。お菓子はケーキがいいかな」
「はい」
「私は、コーヒーでいいです。お菓子は、お任せで・・・」
川本と竹本が、注文する。
「かしこまりました」
「?」
竹本は少女の雰囲気に、違和感を覚える。
彼女の従兄夫婦にも同じ年頃の少女がいるが、まったく同じ雰囲気を感じない。
どちらかと言うと、鋭い気配を感じる。
ミキと呼ばれた少女が、トレイにコーヒーと紅茶、チョコレートケーキとバタークッキーの皿を乗せて、部屋に入ってきた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ミキの纏ったオーラのようなものは、自分と同年齢のような感じを受ける。
「では、ごゆっくり」
ミキは、隅の方に移動した。
「・・・・・」
どうにも、違和感がありまくりである。
「言ったでしょう。訳ありの同居人たちが、いる家だって」
川本の言葉に竹本は、それだけで済ませるには言葉が足りないと思った。
「貴女の疑問に答えるために、言って上げるけど、その子を含めて、ここにいる少年と少女たちは東南アジアや西アジア、中央アジア等の紛争地域から引き取られてきた元少年兵たちよ」
「少年兵?」
「そうよ。月詠さんの、裏の仕事の関係で、指揮下に入った少年兵部隊を、彼が引き取ったの」
「・・・・・・」
驚くべき話だが、それを聞いて、覚えた違和感の理由がわかった。
ミキと呼ばれた少女の尋常で無い気配は、そういうものかと思った。
「そして、外で花壇の手入れをしていたのは、月詠さんに拾われた、元暴力団の幹部よ。ここには元暴力団組員が、8人いるわ」
川本の説明は、驚く事ばかりだ。
コンコン。
「はい」
ミキと呼ばれた少女が、返事をする。
1人の別の少女が、部屋に入ってきた。
年齢は、ミキと呼ばれた少女よりも、年上のように見えるが、褐色の肌をしている。
「先客の話が終わったから、客人を案内する」
「はい」
「では、客人方。こちらへ」
褐色の肌の少女が、先に立って案内する。
応接室に通されて、川本と竹本は、月詠に迎え入れられた。
「予約があったので、後から来た客人を、先に通してしまいました。申し訳ない」
「いえいえ、こちらが予約なしに来たのですから、お気になさらず」
「どうぞ、かけてください」
月詠が座るように、手で合図する。
川本は、ソファーに腰掛ける。
「失礼します」
竹本も、腰掛ける。
「では、お茶を」
月詠は茶樹を2つ取り出して、粉末状の抹茶を器に入れた。
お湯を淹れて、茶筅でかき混ぜる。
「どうぞ」
月詠は、抹茶の入った器を2人の前に出す。
「いただきます」
「いただきます」
「う~ん。いつも美味しい」
(美味しい・・・)
川本と竹本は、ほっと一息をついた。
「それで、私に何か用ですか?」
月詠が、本題に入った。
川本が、茶器をテーブルに置く。
「月詠さん。先日、発生した高松市の公園での幼児行方不明事件を、ご存じですか?」
「ええ。人並程度には・・・」
「この刑事の友人が、その幼児の母親なのだそうです。所轄は、消防とボランティアと協力して捜索を行っているのですが、手掛かりすら発見には至っていませんわ。是非とも月詠さんの、力をお借りしたくって、訪問してきた次第です」
「警察でも手に負えない事態が、発生しているのですか?」
「行方不明になって5日程度・・・警察が根を上げるには早過ぎますけど、こちらの竹本刑事が落ち着かなくて・・・」
「そうですか・・・」
月詠は、少し考え込んだ。
「いいでしょう」
考える事、数分。
月詠の言葉に、川本が座礼をした。
竹本も続く。
「ありがとうございます。月詠さんにも思うところがあるでしょうから、きっと引き受けてくれると思っていましたわ」
「ですが、行方不明事件ですが、誘拐の可能性もあります。もし、誘拐又は単なる行方不明だったとしても、その女児が、すでに亡くなっている可能性もあります。いい結果である事は保証出来ません」
月詠の言葉に、竹本は心臓が鷲掴みされたような感覚に囚われた。
そんな事、考えた事も無かった。
友人が、どんな思いで竹本に電話をしてきたのか、その気持ちを考えると、悪い結果だった場合の恐怖は計り知れない。
彼女の手が、ブルブルと震える。
「婦警さん」
声を掛けられて、竹本は、はっとした。
「は、はい!」
「貴女も思うところがあるでしょう。どうですか?我々の捜査に同行するというのは?」
「え?」
願っても無い事である。
しかし、竹本には警察官としての仕事がある。
それが困難な事である事は、彼女は知っている。
「問題ありません。県警本部には、私から話しておきましょう」
川本の言葉に、竹本は驚いた。
「どうですか?」
再び、月詠に問いかけられた。
「はい。是非、お願いします」
友人のためにも、必ず彼女の娘を見つけ出す。
竹本は、そう心に誓う。
第1章をお読みいただきありがとうございました。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は4月8日を予定しています。