メガホン
宮藤と鈴木は教室の前に立った。
皆、昼食を買いに行ったり、机に持参した弁当を広げていた。
「ちょっと聞いてくれる?」
宮藤が言うと、教室にいる生徒の注目が集まった。
「竹の推薦状がなくなった件で、少し話したいの。鈴木と私で回るから、協力してくれないかな?」
教室はざわついた。
封筒が見つかったら竹になんて言われるかわからない。とか、見つかったところで得するのは『竹』だけだとか。
鈴木が声を出す。
「誰が持っていた、とか、そう言うのはバラさないから。俺にだけ教えて」
教室全体が、変な雰囲気になった。
宮藤が念押しする。
「お願い」
なんとなく、宮藤がそう言うなら、という雰囲気が出来上がる。
鈴木と宮藤は急いでメガホンを取り、座っている生徒に聞いて回る。
メガホンを耳に当てるように使って、周りに聞こえないよう、小さな声でやりとりする。
「(地理を選択している?)」
「(地理を選択よ)」
「(教室で、誰か一人だけになった状況はあった?)」
「(ないんじゃない?)」
「(机を覗き込んている人物とか?)」
「(知らない)」
「(最後に、何か気になったことはある?)」
「(何もないわ)」
「(ありがとう)」
ようやく一人から事情を聞けた。
宮藤が鈴木に訊ねる。
「なんで地理のこと聞くの?」
「封筒がないことを確認したのは現代文の授業前。つまり、日本史と地理の選択授業の時なんだ。陽春も竹も、日本史だった。封筒を取ったとしたら、地理を選択している人の可能性が高い」
「なるほどね」
鈴木と宮藤は次の人物へと事情を聞く。
これを全員にやるには、昼休みは短すぎる。
「ごめん、地理選択の人に絞って話を聞きたいんだけど」
「手を挙げてもらえませんか?」
宮藤がそう言うと、手を挙げてくれた。
二人は次々にヒアリングをしていく。
「テレビのクイズ番組とかでメガホン使ってるの見るけど、実際にやるの見ると新鮮な感じがする」
「早くしよう。俺たち昼飯食べれなくなっちゃうから」
「ごめんごめん」
さらに次、次、と聴取を進めていく。
とりあえず、昼休み、教室に残っている生徒から聞いて分かったことは、こうだ。
地理の授業では五人を一つの班にして、机をくっ付けた。
四人とか六人とかなら、大して困らなかっただろうが、五人を一班にしたせいで、半端に余ってしまい、戻す時に机が前後入れ替わったと思われる。
また、選択の授業の時は、座席は本来フリーなのだが、自分のクラスで行われる場合は、席を移動しない人の方が多いらしい。それはどういうことかというと、陽春の席には、他のクラスの生徒が座ったと言うことだ。他のクラスの生徒は、そこに『竹の推薦状』があることなど、当然知らない。
と言うことは……
「ということは?」
「考えられることは二つ」
宮藤と鈴木は横に並んで教室でお弁当を食べてながら、話している。
「選択授業の前に既に取られていた。あるいは、選択授業の後に取られたと言うことだ」
宮藤が首を傾げる。
「だって、選択授業の前は英語でしょ。それは無理でしょ」
「そうかも」
「だとしたら、選択授業が終わって、皆がこっちの教室に戻ってきた時だ」
「……」
宮藤の視線は、陽春の座っている方へ向く。
「そう。あの三人なんだよ」
「ちょっと待って、そんなはずないよ」
「クドウちゃん。何をもって『そんなはずない』って言ってるの?」
「うーん」
宮藤は考えがまとまっていないようだった。
「言いたいことはわかる。まず陽春が自分自身で封筒をなくしたと言っているとする。そうすると、竹にあんなにいいように言われているわけで、よっぽど罵られるのが好きな、人物でない限り、自ら封筒を処理することはないだろう」
「そうそう。竹も、益子だって同じよ」
「どうかな。竹は推薦状が無くなれば『落選した理由』を陽春さんのせいにできる。あるいは、今朝の神部とのトラブルで、神部を攻撃するために『神部が取った』と言いたいのかもしれない」
宮藤はご飯を噛み締めながら聞いている。
「多田羅さんは……」
「私? 私が、どうかした?」
鈴木の後ろから、多田羅が現れた。
『ブッ!』
宮藤がご飯粒を飛ばしかけて、思わず口を手で押さえる。
「多田羅さんはもしかしたら『竹』のことが好きで、陽春と竹がベタベタしているのが気に食わなかったのかもしれない」
「残念だけどそれは外れね。鈴木くん、私が誰が好きか、当ててみて?」
「えー、わからないなー。もしかして、俺?」
『ブッ!』
宮藤は、またご飯を飛ばしかけ、慌てて手を口に当てた。
いや、本当は飛ばしてしまい、手には米粒が付いてしまっていた。
多田羅は言う。
「やっぱり内緒」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そう言いながら、鈴木はメガホンを見せる。
「小さい声で言うのね?」
鈴木は頷いた。
「(多田羅さん、机は誰のと入れ替わってましたか?)」
「(日本史と地理があった後のことよね? 実は、霞ちゃんの机と入れ替わってたの)」
鈴木は気持ちが表情に出そうになるのを、必死に堪えた。
「(なるほど、そうすると、多田羅さんも容疑者の一人になるよね)」
「(そうかぁ。鈴木くんは容赦ないなぁ)」
確かに容疑者ではあるが、あの状況で封筒をどうにか出来たとは思えない。鈴木はそう考えていた。多田羅さんは、鈴木と宮藤、二人と一緒に教室に戻ってきた。既にかなりの人数が教室にいる状況だった。そんな中で封筒をどうにかできるだろうか。
「(教室で一人になったとか、あるいは一人でいる人を目撃した?)」
「(うーん、わからない。ちょっと思い出せないわ)」
「(最後に気になったこととか、何か言いたいこととかある?)」
「(特にないけど、今もっているかどうか、身体検査した方が早くない?)」
鈴木は目を大きく見開き、多田羅の顔を見つめた。
鈴木の頭の中で、『身体検査』と言う言葉が繰り返し再生され、その言葉が大きく大きくなっていく。大きくなった『身体検査』の左脇に小さく『女子の』と言う言葉が見える。
今度はその『女子の』と言う言葉も大きくなり『身体検査』と並んだ。
「ねぇ、鈴木くん?」
「万慈?」
多田羅の声も、宮藤の呼びかけにも答えない。
鈴木は『フリーズ』したように固まっていた。