体育の授業
鈴木は校庭で体育の授業を受けていた。
長距離走のタイム計測だった。
鈴木、今、まさに走りおえて校庭の真ん中に座り込んだところだった。
「何でこんな無駄なことを」
鈴木は独り言のつもりで言った言葉に、相槌をうつ者がいた。
「本当、そうだよな」
「相田は何分だった?」
「見てたろ? あんまり時間がかかるんで、打ち切られたよ」
鈴木は思った。すまん、あんまり他人に興味はないんだ。
「お前さ、竹の推薦状なんて探すのよせよ」
「どうしてさ? せっかく女子と仲良くなれるチャンスなのに」
「竹のマニフェスト見てそれ言ってるのか?」
鈴木は、宮藤に見せてもらった内容を思い出していた。
「女子の制服をスラックスにするってヤツだろ? 女子のスラックス萌えるよな。他校で採用してんだけど、ヒップラインがめちゃくちゃセクシーで」
「おい、そこじゃねぇよ。あいつが生徒会長になったら何でも成績順になっちまうんだぞ。それこそ購買でパンを買う順番だって」
「えっ?」
そこまで酷いのか。と鈴木は思う。
確かに昼飯買うのまで成績順にされるのは嫌だ。
「だから、探すのなんか適当に手を抜いとけよ。適当にやったって女子と仲良くできるだろ。見つけちまって、万一、竹が受かったらお前のことも恨むからな」
「……」
鈴木は『わざわざ俺に近づいてきて、こんなことを言う』のだとしたら、相田も容疑者なのではないか、と感じていた。
いや…… それとも竹の人望が絶望的なだけなのか。
「腹へった」
相田が言った。
鈴木は何て返していいかわからなかった。
「体育の授業じゃなければ、教科書で隠して『早弁』出来るんだけど」
ようやく、鈴木は相田の体型に目がいった。
全体に膨らんだ丸い体型。
長距離走、いや短距離もだが、走るのには向かない体型だった。逆に、相撲とかは得意そうだ。
いや、実際は、動きが俊敏でないと相撲も勝てないだろうが……
「おい」
呼びかけられた声に、鈴木は振り向いた。
視野の隅で、相田が逃げていくのが見えた。
呼びかけた相手は立っていて、座っている鈴木からは逆光になって顔が見えない。
「聞こえねぇのか、クズ」
そいつは靴でグランドの土を蹴って、鈴木に浴びせかけた。
鈴木は、その声でようやく誰か分かった。
「竹? なんか用?」
「お前、相田のと何話してた?」
「いや、別に? 腹へったとか」
「嘘つけ。推薦状がどうとか話してたろ」
鈴木は土をはらいながら立ち上がった。
「大丈夫だよ、しっかり探すから」
「しっかりやってもどこまで出来るかしらねぇけど」
「本当にクズだな」
「!」
竹の後ろに神部がいた。
「本当に候補者から辞退しろよ。恥かくだけだぞ」
「辞退させようって思うということは、逆に言えば、俺が選出される可能性が高いってことだ」
「最初に言ったろ? 『恥をかくから』って。どこが『受かる可能性が高い』って言うんだよ。しかも、自分の成績知らないで成績至上主義を掲げる間抜け」
竹は拳を握りしめた。
鈴木は、二人の中に割って入る。
「やめろよ」
「神部は朝からこうやって、俺に手を出させようとしているだけだ。他人に拳を振るような奴は、生徒会長にはなれないからな」
こういうところは妙に落ち着いている。と鈴木は思う。言葉を使った酷い口撃とはまったく違う。
「お前の推薦状を書いた奴が可哀想だ」
「結局、そこだろ? お前は、陽春が俺に推薦状書いたことが気に食わないだけなんだ」
「このっ!」
鈴木が神部を抑える。
すると体育教師が声をかける。
「おい、神部、ライン引き片付けてたら上がっていいぞ」
鈴木の手を振り解いて、神部はグラウンドのライン引きを体育用具室へと持っていった。
体育教師は、そのまま鈴木のもとにやってきた。
「竹、鈴木、お前たちは計測終わったか?」
「はい」
竹が答え、鈴木は黙って頷いた。
「じゃあ、お前たちも上がっていいぞ」
「まだ走ってますけど」
「計測が必要な者だけ残して、上がってよし」
「わかりました」
竹が校舎へ行くのを見ながら、鈴木は少し歩くのを遅らせた。
「……」
竹の後ろ姿を見ながら、鈴木は思った。
こいつと一緒にはいたくない。